024 ノエルの色
「え? んんっーと。えええぇぇっ!?」
仔猫がノエルで、ノエルが仔猫?
どっちも仔猫でノエルで……?
ん? 考えれば考える程、余計に意味が分からなくなってきた。
「オレ、まだ幼獣で、夜は獣型になっちゃうんだ。神獣様をお一人には出来ないからお側にいたら、お前も使い魔だって勘違いしたから……言い出せなかった」
両耳をしょんぼりと垂らし、仔猫はポツリポツリと話し始めた。
「使い魔なんてまだ従えられない。夜も人型すら維持できない。守り人の役目だって、兄者がオレにくれただけ。虚勢を張ってばかりのオレだから、神獣様にも、お前にも信頼は預けてもらえない」
私が勝手に使い魔だなんて思ってしまっていたから、ノエルはずっと無理して強がって、負い目を感じてされてしまっていたんだ。
「今まで、ごめんなさい」
「え?」
「私が勘違いしなければ、ノエルはもっと自由だったのに」
「自由?」
「ええ。使い魔のフリもしなくて良かったでしょ。言い出しにくくさせてごめんなさい。それに私、仔猫だと思ってたから……色々酷い扱いをしたわね」
ミケみたいに撫で回したり抱きしめたりした記憶が蘇る。
きっとプライドずたぼろよね。
私、ひ弱な仔猫に何てことを……。
「酷い扱って……オレは……」
言いかけた言葉を飲み込んで、ノエルはくてっと首を項垂れた。言うのを戸惑うくらい嫌な思いをさせていたようだ。
「ごめんなさい。嫌なことは、嫌って言って。ううん。嫌な事以外も何でも言って、ノエル」
「……オレは、お前に帰って欲しくない」
「へっ?」
「だから、お前に帰って欲しくないんだ!」
仔猫が精一杯大きな口を開けて私に訴えかけた。
こんなに必死で止めようとしてくれるのは、神獣様の身を案じているからだ。
「神獣様のことが心配なのね。でも、大丈夫よ。神獣様は」
「違う。そうじゃない。ただ、オレはアレクやゼクスみたいに、お前のこと笑って見送るなんて無理なんだ」
ノエルは俯いたままで、視線の先には私の指に嵌められた神獣の指輪がある。ノエルの宝石だけ輝きが弱い。
「あっ。そっか。中途半端は嫌よね。大丈夫よ。ノエルの友好の証が色付くまでは私、ここにいるから」
「……もし、色付かなかったら」
「大丈夫よ。私はノエルが凄い人だって知っているから。仔猫もノエルだったってことは、二十四時間無休で神獣様を守ってくれていたのでしょう? それに、街の子ども達にも人気だったわ。幽霊が苦手なのに、呪いの森でも私の前を行ってくれた」
「そんなことは……。全部、お前がいたから」
「ノエルなら私や神獣様がいなくなっても大丈夫よ。ノエルの大好きなお兄様を守ってあげなきゃいけないでしょ。ネージュはノエルと違って誰かと仲良くなったり、守ったり支えたりすることが苦手そうだから、ノエルが必要だもの」
「兄者だって、変わりつつある。……ん? 今の言い方だと、やっぱり神獣様は……」
「あっ。えっと、神獣様の願いはね……。何て言うか……」
神獣様は、大切なことをノエルに伝えていない。
それは二人だけの秘密だから、私から話すことは出来なくて、言葉に迷っていると、窓辺から神獣様の声が響いた。
「神獣を辞めることだ」
「へ?」
「私の願いは、神獣を辞めることなのだよ。もうこの世界に私は必要ない。それは私が一番良く知っている。ノエル。君はどう思う? 君の役目を奪ってしまう。そんな私の願いを」
神獣様の切なる願いを受け、ノエルは瞳を閉じると小さく頷いた。
「そうでしたか。オレのことはいいんです。――でも。あの、お辞めになるとは、どうなさるのですか?」
「力の全てをアカリに託し、送還の術を行使する。私はただの鳥に戻り、守り人にも守られず、巫女と魔力を共有することもなく、人知れず平穏に過ごすつもりだ」
仔猫は暫く神獣様の寂しげな横顔を見つめた後、ヒョイッとベッドを飛び降りると、神獣様の前に頭を垂れた。
「オレは……受け入れます。神獣様の願いを。そして、オレなんかの心配までする、お節介な巫女の願いも」
ノエルの言葉とともに、神獣様と指に嵌めた神獣の指輪から、光が溢れた。白く眩い光は温かく、まるで昼間のような明るさで部屋全体が照らされた。
そして光が収まり、目が室内の本来の明るさに慣れた時、神獣様の前には人型姿のノエルがいた。
「ノエル。やっと少し大人になれたのではないか?」
「えっ? あっ、オレ……」
ノエルは自分の身体を見て驚いていた。尻尾で揺れる友好の証は紫と黄色の色味を帯びていて、それを目にしたら更に目を丸くしていた。
「ノエル。やったね」
「あ、ああ。でも。やっぱり、もう会えないんだな」
「そう……だね」
神獣様とはもう会えない。私もノエルも。
はっきり言葉にされると、どうしようもなく寂しさを感じた。
「お前ってさ。本当に神獣様のことしか考えてないよな」
「ん?」
「今も、神獣様ともう会えない。って事しか頭に無いだろ」
「何で分かるの?」
「……ぅわー。はっきり言うよな」
ノエルは肩を落として大きなため息を吐き、神獣様がその背中にそっと手を乗せた。
「ノエル。さすが、私の選んだ巫女だろう?」
「はい。そうですね」
顔を上げたノエルは、神獣様へ清々しい笑顔を向けた。
初めて庭で会った時の様な優しい笑顔に懐かしさを感じる。
「あれ? 神獣様……」
ノエルは神獣様の毛先に触れ首を傾げていた。
銀髪は毛先にかけて淡いオレンジ色から紅いグラデーションになっていた。さっきまであった四色の毛束がどこにもない。ノエルの色が足されたのかと思っていたのに、まだ好感度が上がりきっていないと言う事だろうか。でも、友好の証は色付いたのに。
「あの。オレの色は……?」
「あー。残念。アカリの指輪を見てごらん」
「私の指輪?」
神獣の指輪には五つの宝石が……ない。
いつの間にか、指輪には丸い大きなオレンジ色の宝石がたった一つだけ輝いていた。
「インペリアルトパーズ。友愛、そして希望の石。私の守護石だよ」
「し、神獣様の守護石っ!?」




