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023 次の一手(リシャール・ノエル視点)

 巫女様と神獣様を部屋へ案内した後、自室で一息つく。

 後少しで我が祖父の無念は晴れ、神獣様との約束を果たすことができる。

 巫女様があの子で良かった。

 さすが、神獣様がお選びになった子だ。


 しかし、誕生祭まで時間がないのに、ノエル君はまだ巫女様と同じ道を向くことが出来ないようだ。祭りは楽しむだけ楽しんだようだから、それはそれで良かったが、次の一手にかけるしかない。



 暫くすると、外が騷しくなった。

 やはり来たか。我が弟ながら本当に情けない奴だ。

 クラルテに犬のように飼われているのだろうな。


 静かな夜に、屋敷の門番とロベールの言い争いが響いた。


「何故、中に通さないのだ! 兄様はいらっしゃるのだろう?」

「ですから、リシャール様はお休みにございます。言付けでしたら私がお伺いします」

「全く話の通じない奴だ。これを兄様の客人に届けるだけなのに中に入れないとは。客人の体の具合が悪いと聞いて、よく効く薬を煎じさせて持ってきてやったのだぞ」

「では、リシャール様にお伝えしてから」

「いや。伝えぬで良い。これしきのことで兄様を起こすなど以ての外。しかし、薬は今晩飲ませなければならないものなのだが、お前に任せてよいか?」


 わざと私が寝ているであろう時間に来たようだ。

 まぁ、そうするだろうとは思っていたが。


 門番は私の命じた通り、オドオドとたじろいで見せた。


「そ、そのような事は……」

「兄様はお休みになられた後に起こされると機嫌が酷く悪くなるのだ。それに、客人の薬を飲ませなかったと知れたらどうなるだろうか?」

「…………」

「私もお前も、首が飛ぶかもしれん」

「ひぃっ。わ、分かりました。お預かりいたします」


 予定通り良い頃合いで薬を受け取ると、ロベールは満足そうに帰っていった。さて、私も寝るとするか。

 ベッドに横になり明かりを消すと、門番が部屋の扉を叩いた。


「リシャール様。まだ起きていらっしゃいますか?」


 私は打ち合わせ通り返事をせず、右手で適当に相槌を返した。


「あの、お薬を客人にお持ちしてよろしいでしょうか? ロベール様からです」

「……ああ。お前に任す」

「はい。失礼いたしました」


 門番が部屋を出ていくと、ベッドにヒョイッと黒い何かが飛び乗った。


「おいっ。リシャール様っ。起きろって」

「ん~? 起きてますよ~」

「くそっ。何で適当に任すなんて言うんだよっ。おいっ! 起きろって」

「だから起きてますよ~。ムニャムニャ」

「駄目か……。くそっ」


 ノエルは悪態をつくと部屋を飛び出していった。


「多少荒療治ですが……。まぁ、見に行きますか」


 ◇◇


 あいつの部屋へ行くと扉が微かに開いていて、中へ駆け込むと、さっきの門番が淹れた茶を受け取り口をつけるところだった。


「アカリっ。飲むなっ!?」

「へっ。ノエル? あっ仔猫ちゃん」


 あいつはカップを手にしたまま周りを見回すと呑気にオレを見て微笑んだ。


「このお茶、お薬なの。直ぐ飲むから、一緒に寝ましょうね~」


 だから、飲むなっつってんのに。

 オレはそのまま猛ダッシュであいつへ突っ込んで、カップを体当たりで弾き落とした。


「きゃっ」


 床に叩きつけられたカップは砕け、薬膳茶の香りが辺りに流れた。


「み、巫女様っ。怪我はありませんかっ」

「近寄るなっ」


 あいつの膝の上に着地したオレは、向き直って門番を威嚇すると背後からアカリの驚いた声が上がった。


「え? その声……ノエル?」

「っ!!?」


 しまった。今度こそバレる。

 あいつは不思議そうにオレの見つめ、オレの小さな体を両手で包むと、顔の前まで持ち上げた。


「ノエル。凄いわ。使い魔さんを通しても話せるのね。私のことも見えているの?」

「…………見えてる。けど」

「そうなのね! あ、あの。それって初めから? それとも……」


 瞳を泳がせて尋ねるアカリは頬が徐々に紅潮していき、カップの破片を片付けていた門番はそれを見ると慌てて立ち上がった。


「あの。私は新しいお茶を淹れてきます」

「もう淹れなくていい。ロベールの茶には喉を焼き声を奪う薬草が混ぜられている。だから――」


 アカリは目を丸くさせて驚いていた。こんな話、アカリに聞かせなくてよかったのに失敗した。と思ったのに、アカリは頬を緩ませ笑っていた。

 

「ふふっ」

「な、何で笑うんだっ」

「それで急いで来てくれたの?」

「あ、当たり前だろっ。一生、声を失うかもしれないんだぞ!」

「そっか……ありがとう。でも、このお茶は私が頼んで淹れてもらったお茶なの。恥ずかしい話なんだけど、ちょっと食べ過ぎてしまってお腹の調子が悪くて」

「は?」

「はい。ロベール様から頂いた茶は、厳重に保管しております。では、新しい物をお持ちしますので、失礼いたします」


 門番はニヤニヤしながら部屋を出ていった。

 確かに、茶の残り香から嫌な匂いはしない。

 何故か一瞬、リシャールの顔が脳裏を掠めた。

 あいつに嵌められた気がする。

 

「何だよ。オレはてっきり……」

「外の言い争い。私にも聞こえていたわ。それに、この屋敷に、ロベールの言う事を聞く人なんていないわ」

「そうか。ならやっぱり。さっき門番とのやり取りは、リシャール様が一芝居うたせたってことか」

「何でわざわざそんなことを?」

「それは……。オレに本当のことを言わせる為だ」

「本当のこと?」


 小首を傾げ、アカリはオレに尋ねた。

 なんの疑いも持たない澄んだ瞳で見つめないで欲しい。

 黒色の瞳に仔猫姿のオレが映り込む。 

 これが仔猫じゃなくて、昼間のオレだったらいいのに。

 

「オレ、夜になると――仔猫になるんだ」




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