021 兄と弟(ノエル視点)
保管庫へ向かう前、ロベールはクラルテの指示で、アイツの熱を更に長引かせる薬を食べ物に混ぜていた。
本当に胸糞悪い奴らだ。でも、この後すぐにここを脱出してしまえばロベールの顔も見納め。もう少しの我慢だ。
二重扉の鍵を開け、ロベールはノックをしてから扉を開き、中へ入るも、その瞬間盆を落として腰を抜かしてしまった。
まさか、もうここから出て行ってしまったのか。
それとも中で何か起きたのか。
オレはロベールの横をすり抜け中へ入ろうとして、足を止めた。本能的に身体がこれ以上近づきたくないと動かなくなったからだ。
部屋のソファーから立ち上がったのはロベールに似た身なりの良い青年だった。アカリの為に用意させた薬入りのマフィンを手に持ち、不気味な笑みを浮かべながらロベールへ近づいてきた。
「やぁ。ロベール。巫女様はこの部屋をお気に召したかい?」
「へっ? は、ははははいっ」
「そうだな。巫女様は神獣に関することに興味をお持ちだ。しかし、この部屋にはベッドもないし、食べ物からは嫌な匂いがする。こんな粗末な物しか用意させなかったのか?」
恐らく彼はロベールの兄リシャールだろう。
ロベールの口にマフィンを詰め込み睨みを効かせていた。
「はぐっ。ぅっ……」
「ほら。パサついている」
「はひっ。も、申し訳ございませんっ。ですが、あれは偽物の本物の巫女なのですっ!」
「お前は馬鹿なのか。偽物で本物とはおかしいとは思わないのか?」
「あっ、えっと……。く、クラルテから、アイツが指輪を奪ったのです。雲隠れしていた本物の異世界の巫女が、神獣様まで手懐けてしまって。ですから、ここに封じていたのです」
「へぇー」
抑揚のない声で返事をして、ロベールの言葉を信じていないことは明らかなのに、ロベールは説得することを諦めていなかった。
「あ、兄上。本当ですって。クラルテに会えば分かります。あの偽物の本物の巫女が何と言って兄上を騙そうとしているのかは分かりませんが、どうか私を信じてください!」
「へぇー。誰も騙せそうにもないあどけない顔をして、あの巫女様は私を騙そうとしていたのか」
「ん? あっ、そ、そうです! クラルテに似ていることを知った巫女は、クラルテを排除して自分がこの世界の救いになるのだと息巻いているのです。あの者は危険です!」
「そうか。それで、こんなところに閉じ込めていたと」
「今はどこにいるのですか?」
「私の屋敷だ。高熱で苦しんでいるから動けまい」
「はぁ。良かった……」
アイツは今、リシャールのところで寝込んでいるということか。ロベールにわざと色々話させているようにも見えるが、内心どう思っているのかは分からない。
見ていて分かるのは、リシャールはロベールを嫌っているという事だけだ。
「で、あの巫女をどうするつもりだ?」
「父上の生誕祭の余興にと考えています。皆を欺く異世界の巫女を処刑し指輪を取り返し、そして……私とクラルテの婚姻を父に認めて欲しいのです」
「はっ。そんな血生臭い余興を父が喜ぶものか」
「テニエがしようとしているではありませんか。本物を晒し、あちらが偽物だってアピールして、テニエを辱め、私の方がクラルテに相応しいと宣言します」
「なるほど。しかし父はクラルテが嫌いだ。それに、ロベールはクラルテに嫌われていただろう?」
「いやぁ。それが一緒に過ごす内に私を気に入ってくれたみたいで。そろそろ黒髪以外も触らせてくれそうで……し、失礼しましたっ」
ロベールの失言に、一瞬で空気が凍りついたように見え、リシャールは気持ち悪いくらい穏やかな笑顔をロベールに向けていた。
「そうか。お似合いかもしれんな。では、あの偽物の本物の巫女は、生誕祭まで私が預かろう」
「えっ。良いのですか?」
「ああ。ただし一つ条件がある」
「は、はい」
「私に処刑方法を決めさせてくれ」
「へ?」
「華のある素晴らしい方法があるのだよ。その光景は、一生人々の目に焼き付いて離れないだろう」
人々の目に焼き付いて離れない。一体何をしようとしているのだろうか。やはりリシャールと友好関係を築くなんて無理だ。兄者を説得しなくては。きっとミヤビさんがどうにくしてくれそうだが……。
「は、はい。それで良いです。クラルテにも話していただけますか?」
「なぜ私が? それはロベールが。見ての通り私は忙しい。そうだ。この部屋の片付け、しっかりとしておきなさい」
「は、はい。兄上」
終始リシャールの圧に押され続けたロベールは言われた通りに落とした盆と菓子を自ら片付け始めた。
片付けは慣れているのか、手際が良い。兄にこんなことを言われても屈辱とも思わないロベールが酷く哀れに見えた。
ロベールの無様な姿に気を取られていると、急に身体が宙に浮いた。
「やぁ。ノエル君。一緒に行くかい? それともアレの見張り?」
ロベールを流し見てリシャールはオレに尋ねた。リシャールとは面識は無いはずだが、何故オレの名前を知っているのか分からないが、その鋭い視線に嘘をつくことは許されず首を縦に振った。
しかし、触れられて分かるこの気配は、身に覚えがあった。
「皆さん揃って私のことが分からないとは。寂しいですね~」
「は? お前……ロイ……さん?」
「あ、その姿の時も話せるんですね~」
軽い口調で微笑み親しげに話す声は、さっきとは別人だった。
「…………キャラの温度差が」
「いやぁ。それは君だって。仔猫に言われるのはこちらとしても癪ですね~」
「…………」
「おっ。だんまりですか? 頑張ってくださいよ。後は君と私だけなんですから。神獣様の願いを叶えるために、心開いてくださいね」
これは友好度の話だな。
でも、神獣様の成長を最後まで見届けたら……。
「…………あいつ、帰るんだよな」
「へ? あー。はい。そうです」
「何か返事が適当じゃないか?」
「別に、いつもこんな感じですよ。――そうだ。一緒にお祭りでも行きませんか?」
「は?」
「ロベールは放っておいて、城下へ行きましょう!」




