019 媚びる男(ノエル視点)
医務室へ戻ろうとしたら、途中の廊下でゼクスが待ち構えていて、アレクへ用意された客室へと案内された。中にはカインと、兄者の使い魔と共にミヤビさんがいた。
「あ。え?」
「こんばんは。アカリちゃんのこと、聞いたわ。アカリちゃんは無事なの?」
「……ああ。神獣様もアイツも無事だ。ただ、ロベールの企みが……」
「ノエル。詳しく話してくれ」
オレは皆の鋭い視線を浴びつつ全てを話した。
ミヤビさんはカインと兄者の使い魔と、ヴェルディエの城下町の出店を楽しんでいた際、アレクから事情を聞いたそうだ。俺の話を聞くと、カインと手を繋いだまま俯き、じっと考え込んでいる。
アレクは小さく唸った後、オレに尋ねた。
「神獣様は、アカリを誕生祭の日に異世界へ送ろうとお考えなんだな」
「ああ。だが、友好の証はまだリシャールの手には渡っておらず、神獣様がいらっしゃるお部屋に安置されたままだった」
ミヤビさんは俺の言葉を聞くと、急に顔を上げて前のめりで尋ねた。
「それなら、ネージュに友好の証の所持者になってもらうのはどう? ああ見えてアカリちゃんの事、好きみたいだし、いつ現れるか分からないヴェルディエの王子よりもいいんじゃないかしら」
「それは、思いつかなかった。兄者はあまり乗り気ではないみたいですけど、貴女は兄者を説得できますか?」
兄者の使い魔はプイッと目を逸らしたので説得が必要になるだろう。しかし、ミヤビさんは諦める雰囲気など微塵もなく兄者の使い魔と目を合わせてニッコリと微笑んだ。
「大丈夫。ネージュなら手伝ってくれるわ。だから、夜の内にアカリちゃんを救出してきて。友好の証も持って来て、こっちで匿えばいい」
「確かに、姉から放した方がいい。別にヴェルディエ王の生誕祭なんて参加しなくてもいいからな。アカリを連れてきたら即刻トルシュへ戻ろう」
「おいおい。そこはちゃんと祝ってやれよ」
カインの忠告を完全に無視して、アレクは話を進めた。
「ノエル。夜の内に出来るか?」
「オレ、夜はアレだからな……。それに、扉はロベールが鍵を持っていて……」
「出る時はどうしたんだ?」
「確か、神獣様が開けてくれた。出入りは自由に出来るって仰ってて」
ロベールは鍵を締めていたから、恐らく神獣様の力で開いたのだろう。行けば開けてもらえるかもしれないが、仔猫の姿であいつに話しかける度胸がないし、開けてもらえる確証もない。
「じゃぁ、またロベールが開けた時に入るのが確実かもしれないわね。ネージュの使い魔にお願いすることも出来るかもしれないけど」
オレが悩んでいると、ミヤビさんが提案してくれた。
しかし、自分の力でなんとかしたい。
「オレの方が適任だ。明日になってしまうが、任せて欲しい」
「ノエル。頼んだぞ」
「ああ」
「それで、夜の姿の件で聞きたいことがあるのだが……」
「ろ、ロベールがいつ動くかわからないから。見張ってくる」
「そうだな。相手の動きは知りたいが」
「じゃあ、また」
オレは逃げるようにしてロベールに張り付いたが、奴は全くあの部屋へ行く素振りを見せず、翌日もクラルテに各国の使者がヴェルディエ王へ献上した名産の菓子でご機嫌取りをしているだけだった。
女性に媚びるばかりの男なんて初めて見た。
しかも、クラルテはロベールの言葉をほぼ無視して、レナーテと会話を楽しんでいる。
「気に入らないのなら、あの子に持っていこうか? クラルテとは趣味が合わないみたいだったから」
クラルテが急に思い立ちあの部屋へ行くことを提案した。
「あの子?――そうだわっ! あの子、高熱で倒れているかも。見に行きましょう」
「そうだな。行ってみよう」
気乗りしないレナーテを残し、奴らはやっと保管庫を目指して部屋を後にした。




