018 五十年前の話(神獣視点)
五十年前に召喚された巫女は、今のノエルと同じくらいの歳の少女だった。
少女はトルシュに召喚され私と出会い、私を成長させる為に巫女にさせられた。知らない場所で知らない人々に囲まれ、優しくされ大切にされ、少女は戸惑いながらも皆と打ち解けていった。
しかし、少女はずっと帰りたがっていた。
「帰りたがっていた……か」
ノエルはアカリを見ると顔を曇らせた。この様子だと、アカリが居なくなってしまうことに関しては理解を示してくれそうだ。
私は続きを話すことにした。
トルシュの王子に世話を焼かれ、テニエの守り人に守られ、宮廷魔道士にも慈しまれ巫女として、いや、それ以上の存在として少女は大切にされた。
しかし、三人と友好を結んだ巫女は神獣と言葉を交わす力を得た。そして今まで誰もが秘密にしていた、元の世界に戻る方法があることを知ったのだ。
そして私は、ヴェルディエの王子が巫女を元の世界に送り返したいと思っている事を教え、巫女は近衛騎士の手助けを得て、海賊の力を借り海を渡りヴェルディエへ向かうことを選んだのだ。
巫女はヴェルディエの王子と出会い友好を深め、私を成長させ帰る方法を得た。
だが、海賊は巫女の背中を押したが、ヴェルディエの王子は巫女を手放すのが惜しくなってしまい、送還の術に遅れが生じてしまった。
そして巫女の後を追って乗り込んできたトルシュの王子とヴェルディエの王子が口論している隙に、巫女は私と異世界への扉を開こうとした。
そこへ現れたのはテニエの守り人だ。彼は巫女から私を引き剥がし巫女へ剣を向け、近衛騎士が巫女を守り割って入った瞬間、私は異世界への扉へ開き巫女を送還した。
意図せず近衛騎士とともに。
トルシュの王子は激昂し、近衛騎士を全員罷免した。
宮廷魔道士は、巫女に裏切られたことが悲しく森へこもり、ヴェルディエは神獣の願いを叶えなれなかったことに憤り己を責め、テニエは巫女のせいで神獣を害したとして裏切り者の巫女へ憎しみを抱いた。
こうして私は、巫女と引き裂かれたまま無理やり送還術を行使したことにより、全ての力を使い果たし卵へ戻り、コリーヌ山で氷漬けになってしまった。
話し終えるとノエルは握りしめた拳を震わせ、俯いたまま尋ねた。
「じゃあ、神獣様が卵に戻ってしまったのは、守り人が邪魔をしたせいで神獣様は力を使い過ぎて卵になってしまったのですか?」
「守り人は私の身を案じて行動を起こしたのだろう。決してトルシュやヴェルディエの王子のような浅はかな私欲の為ではないと思われるぞ?」
「だとしても……。申し訳ございませんでした」
「ノエルが気にすることではないよ」
神獣様が笑顔を向けると、ノエルは更に表情を曇らせた。
「……アレク達に、神獣様のご無事を知らせてきます。ロベール達がしようとしていることも」
「ノエル。顔色が悪いわ。少し休んでから……」
「いや。明日、また来ます。先程ロベールが運んできた菓子には健康を害する薬が入っているので食べないでください。ロベールが来た時は、ソファーで寝込んでいるフリをしてください。では失礼します」
ロベールの運んできた菓子の指摘し、ノエルは酷く落ち込んだ様子で部屋を出ていくと、アカリは納得の行かない顔で私に尋ねた。
「神獣様。あのことは言わないのですか?」
「全部本当のことだよ」
「ですが、言わなかったこともありますよね」
言わなかったこと。それはいくつもある。
でも、まだ証が完全に光を持っていないノエルに話せるのはここまでだと判断した。
「うん。コリーヌ山で氷漬けになったのは、テニエに失望した悲しみのせいってところかな?」
「そうなのですか?」
「そうだよ。でも言わなかった。無駄にノエルを傷付けたくはないからね」
「でも、それを後から知ったら、その方が傷付くのではないですか?」
ちゃんとアカリは、その先のノエルの事も考えているようだ。
「アカリは優しいね。でも、その辺はきっとリシャールが上手くやってくれるよ」
「リシャール?」
「ヴェルディエの第一王子リシャールだよ。明日の朝にはここへ来ると思うよ」
「ええっ。どうして分かるのですか!?」
「友好の証がここにあるから。国へ戻ったらまず取りに行くって言ってたからね」
「そうでしたか。……ん? 神獣様は、リシャール様とお知り合いなのですか?」
アカリは小首を傾げそう尋ねた。
リシャールにはアカリも会っているけど、本人の希望だからもう少し秘密にしておいてあげよう。
「うん。――まぁ。人懐っこい人だから、アカリもすぐに仲良くなれるよ」
「だと良いのですか……」
「大丈夫だよ」
謙遜するアカリの頭をくしゃっと撫でると、みるみる頬が赤く染まっていく。
可愛くて素直な私だけの巫女。
私の最後の巫女が、アカリで良かった。




