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011 悪役王女

 今すぐにでも短剣を突き刺し指輪を奪う様な迷いのないは瞳で、クラルテは私を見下ろしていた。余りの気迫に後退ると、足枷で動けずにいる神獣様の羽に微かに指が触れ、私は一人ではないことを思い出した。


「あ、貴女は、この指輪を手にしてどうするつもりなの?」

「ふふっ。これまで結構頑張ってくれたみたいだから、特別に教えてあげる。ワタクシ、初めから貴女を召喚したら雲隠れするつもりでいたの」

「雲隠れ?」

「そう。王女なんて面倒なだけだもの。他国の王族や国民の顔色を窺う人生が嫌で嫌で仕方なったわ。だから、ワタクシは召喚の儀で死んだことにして、昔からワタクシと結婚したがっていたロベールのところで悠々自適に暮らす予定だったの。でも……」


 クラルテは不本意そうに私の顔を覗き込むと、ため息をついた。


「貴女がワタクシとそっくりだったから。ワタクシと同じ顔の子が、巫女だからといって処分されてしまうのは可哀想かなって」

「そうだったか? 面白そうだから身代わりにしてみようって言っていたよな。異世界の巫女だとバレれば処刑されるのだから、死ぬ気で王女になりきり自分の株を上げてくれるかも。って」

「うるさいわね。ダンテに任せておけばそれなりにやってくれるとは思っていたけれど、いつの間にか、貴女の噂はヴェルディエでも囁かれるほどになっているの。ワタクシの名が褒められているのは気分が良かったわ」


 ダンテに任せておく、ということは、ダンテさんは知っていたのだろうか。私が王女ではないということが。


「ダンテさんは……ご存知だったのですか?」

「もちろん。ダンテは貴女が身代わりだって知っていたわ。ワタクシの命令で貴女を手助けしていたのだから、ワタクシに感謝なさい」

「……どうして今更、巫女になろうとしているのですか?」

「ふふっ。ワタクシ、ロベールの事が気に入りましたの。この子、ワタクシに従順ですし、見た目は及第点、しかも第二王子なので面倒な王妃にもならなくていい。正式に夫として隣においてあげてもよいかと思ったの」

「正式に?」

「そう。だからワタクシが、トルシュの巫女であり英雄であり皆に愛される王女になるの。友好の証を通して出会った大国ヴェルディエの第二王子と関係を深めた事で互いに愛し合う様になったことにして、陛下の生誕祭の日に婚約を発表するわ。テニエとの婚約はレナーテにあげる。貴女は――もう用済みかしらね?」


 私の顔色を窺い微笑むクラルテは『トルシュの灯』で巫女を陥れた時の王女の姿と重なって見えた。


「ふふっ。冗談よ。ワタクシが記憶を取り戻したことにして王女に戻っても、生かしておいてあげるわ。貴女は神獣が一番なんですってね。ここで神獣の世話を任せてあげる。ついでに面倒なパーティーは貴女が出て。要するに、ワタクシの影武者をさせてあげる。今と何も変わらないわ」


 眼の前にいるのは正に悪役王女の名に相応しい女性だった。彼女は話し終えると私の前まで歩み寄り、髪を掴んで顔を上げさせた。


「痛っ」

「教えてあげたのよ。感謝なさい。――それと、その瞳の色、貴女には似合わないわ」


 コツンと額を指で弾かれ、一瞬だけ視界が暗転したかと思うと、目の前からクラルテは消え、出口の前で立っていた。


「ロベール、行きましょう」

「ああ。クラルテ。――そうだ君。ここの扉は二重扉だ。それにまやかしの魔法もかけてある。逃げることなど出来ないから大人しく指輪を外すことだけを考えたまえ。食事は気が向いたら持ってきてやる。では、ごきげんよう」


 ロベールはクラルテをエスコートし部屋を出ると、重い施錠の音が無情に響いた。

 シンと静まり返った部屋に足枷の鎖がカチャリと鳴ると、私の腕を神獣様がつついた。


「キュピぃ?」

「神獣様……怪我はありませんか?」


 神獣様は首を傾げると、足にはめられた枷を嘴でつつき、ほんの数回つついただけで、それは鉄とは思えないほど簡単に真っ二つに割れた。


「えっ。それ、魔力を制御させる枷なんじゃ……」

「ピィピ」


 神獣様は足をバタつかせ枷を蹴り飛ばすと、羽をはためかせ奥のショーケースへ舞い降り、嘴でガラスを突き破り中から衣装を取り出すと、本棚の奥へと飛んでいった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 と尋ねつつ、もしかしたら神獣様が人型でひょっこり本棚から顔を出す姿を妄想してしまって、取り敢えずまた鼻をつまんでおいた。


「アカリ? この服……っと。よく分かんないな……」

「が、がんばってください!」

「うん」


 なんか素直で可愛い返事が聞こえたけど、妄想が具現化してそう。でも、着替えは手伝いたくても手伝えない。

 居ても立っても居られなくて、私は掃除用具を探して散らばったガラスを片付けることにした。

 箒はすぐに見つかったけど、掃除機とかガムテームはもちろん無いから、これでどうにかしなくては。


 ガラスの破片は細々と床に散らばっている。

 神獣様はお怪我をしなかっただろうか。

 あの白い肌に傷が付くなんて駄目だ。

 神獣様は裸足だろうし、さっさと片付けよう。


 妙な使命感にかられて、ドレスの裾を髪に付けていたリボンで結んで、いざ箒を構えようとしたら、立てかけておいた箒がなくなっていた。


「アカリ。それは私がやるよ。お菓子でもいただいていたらどうかな?」

「ぉおっ。し、神獣様だわ」


 乙女ゲームから飛び出したきたかのような白い神官服姿の神獣様が箒を手にして小首を傾げた。

 ここに来て良かった! 宝物庫最高!

 ついでに鼻を速攻で押さえておいてよかった。


「えっと……いつもと変わらないけど?」

「そ、そうですね。あっ、掃除は私がやります。この部屋は魔力を封じてしまうそうなので、休んでいてください」

「魔力を封じる? そしたら人型にはなれない。ヴェルディエの力なんて、大した事ないよ。ほら……」


 神獣様がサッと箒を振るとガラスの欠片から炎が上がり、それは一つの大きな火となりパッと消えた。そして床にはビー玉程のとガラスの塊が落ちていた。

 ガラスの破片を火で溶かしてまとめみたい。

 神獣様は転がったガラス玉を私の手の平に握らせ微笑んだ。


「はいコレあげる。掃除は終わりだね。お茶でもいただこうか?」

「はい!」


 もはやチートじゃないですか? 私の推しは。


 ◇◇◇◇


 神獣様は甘い物が好物らしい。

 紅茶も好き。でもぬるくなった紅茶には残念がっていた。


 二人がけソファーの隣に神獣様が座っていて、私の隣で幸せそうにカップケーキを口に運ぶ。

 はい。私も幸せです。


 それに、ここは部屋中神獣様関連の物だらけだ。

 本にはどんなことが書いてあるんだろう。

 私に読めるかな。


 でも、何でこんなことになったんだっけ。

 そうだ。本物のクラルテが現れたんだ。

 その後展開が神がかり過ぎてて、大事なことを全部記憶喪失してた。


「アカリ。しばらくここで過ごそうか。二人だけで話したいことも沢山あるし、見たい本があるなら私が読んであげるよ」

「えっ? わ、私の心の声、漏れてましたか?」

「ふっ、はははっ。顔を見れば分かるよ」


 良かった。心読めるとか言われたら恥ずか死ぬところだった。


「そ、そうでしたか。……ですが、これからどうしましょうか? 指輪は外れませんし、雅さんのことだって」

「今は、ここにいた方がいい。あの性悪王女がどう出るか分からないから。出ようと思えばいつでも出られるし、アカリのことは私が守るから安心して」

「……ふぁぃ」


 いつも守ってもらっているけど、改めて言葉にされたら破壊力抜群だったから、また鼻をつまんだけど、返事が馬鹿みたいで恥ずかしい。


「大丈夫か? ずっと鼻、押さえてるけど」

「大丈夫です!」

「そうか。あ、でも。この部屋ベッドがないな」

「べ、べべべベッドですか!?」

「寝る時に困るだろ。勝手に別の部屋でも借りようか。しかし、外へ出て見つかるのは不味いし、アカリ。ソファーでも大丈夫か?」

「ソファーで……」

「アカリ一人なら寝られるだろう。私は鳥の姿で寝るから」

「……あー、はい。大丈夫です」


 穴があったら入りたい。妄想ばかりで、ごめんなさい。

 天井近くの小窓を、まるで自分みたいに小狭いヤツだな、と見つめていると、左手に温もりを感じた。


「じゃあ、二人で、これから先の話でもしようか」

「……ふぁぃ」


 





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