010 五つ目の証
「おおっ。こちらが神獣様ですね。実は、隣の部屋は保管部屋でして、友好の証もそちらにあるのです。私も丁度、巫女様にお見せしようと思いまして、取りに伺ったところなのです。巫女様もその件でいらしたのですか?」
ロベールは人当たりの良さそうな笑顔を向け、友好の証の存在を示唆した。
私がトルシュ王に会いに来たことには触れてこない。
「いえ。私は父を見舞う為に、こちらへまいりました」
「そうだったのですか? こことトルシュ王の部屋はそっくりでして。同じ造りの隣の棟なので新米の兵士が間違えたのですね。大変失礼いたしました。私がトルシュ王の元へお送りしましょう」
「ありがとうございます。あの、友好の証は良いのですか?」
「あっ、そうですね。実は、兄は国中を飛び交い多忙な為、私が保有しようかと思っていて。保管部屋に寄ってもよろしいですか?」
「はい。もちろんです」
ロベールは隣の部屋に案内してくれた。レナーテは興味がないのでベランダで外の風に当たると言って残ることにしていた。
隣の部屋は神獣様関連の資料が封じられたお部屋だそうだ。貴重な文献や装飾品などが置かれている為、魔法で封じられているとか。
扉は厳重に二重扉になっていた。中は先程の部屋と同じくらい広いと見られるが、バルコニーはなく、その代わりに小窓が壁の高い位置にいくつもある。ひとつひとつの窓に鉄格子が嵌められているので、防犯対策もばっちりだ。
室内には本棚が並べられ、まるで資料庫のようだ。それに、かつての神獣様が人型の時に着ていたと思われる衣装や首飾りもショーケースに飾られている。
うわぁ~。私にとっては宝物庫なんですけど。
取り敢えず鼻血対策として鼻を摘んでおくことにした。
それから、部屋の隅のローテーブルの上にはティーセットとお菓子が置かれていた。平皿とオリーブオイルやオリーブの実も置かれているから、私と神獣様をここに呼ぶ予定であったかのようだった。
「お菓子はお好きですか?」
「は、はい」
「それなら良かったです。さて、こちらのガラスケースに友好の証が安置されています」
ロベールは深翠色の布を取り、ガラスケースの中を見せてくれた。その中には見慣れた友好の証が博物館の展示品のように飾られていた。
「友好の証は同じ物が五つ存在し、その全ては見分けがつかないほど、そっくりですよね」
「え?」
「物は簡単に似せて作れる」
ロベールは友好の証を見下ろし、不敵な笑みを浮かべていた。一体彼は何を言いたいのだろう。
もしかしたら、この友好の証は――。
「これは、偽物なのですか?」
「いや。――偽物は君だろ?」
ロベールは短剣を手に持ち、背後から私の首に手を回し、それを宛てがった。冷たい刃の感触に一気に血の気が引くと同時に、頭上でガラスケースを覗き込んでいた神獣様の魔力の気配が重くなり、威圧感が増すのを感じた。
「神獣様。巫女の身体に傷をつけたくなければ私に従ってください」
ロベールは神獣様に羽を閉じるよう指示し、足に枷を付けた。
「これは神獣様の魔力を封じる枷です。トルシュに対抗する為にヴェルディエが開発した魔法道具。暫しこの部屋で大人しくしていてください」
「神獣様を、どうするつもり?」
「どうもしません。君は自分の身を案じた方が良い。そうだろ? クラルテ」
ロベールが発したクラルテという名は、私に向けられたものではなかった。彼は部屋の奥へ向かってそう問いかけ、それに応えるように、本棚の間から長い黒髪の女性が現れた。
長い黒髪に白い肌。瞳はアレクと同じ青い瞳――私と瓜二つの顔立ちで、でもどこか品のある笑みを浮かべた女性が立っていた。
「そうですわ。貴女の役目は終わり。これから神獣の巫女はワタクシが務めますわ」
「クラ……ルテ?」
どこかにいるのかもしれない。とは、ずっと思っていたけれど、こんなところで対面することになるとは思わなかった。
クラルテは、悪役王女の名に相応しい冷たい瞳で、豪華なドレスを靡かせながら私へと歩み寄った。
「そうよ。今までワタクシのかわりにご苦労様。後のことは任せて頂戴! 今後はワタクシが巫女として、ロベールと最後の証を彩り神獣様へ捧げるわ。貴女はもう用無し。その指輪を外しなさい」
「さあ。それを外せば命だけは助けてやろう」
「でも。痛っ……」
「くそっ。何だこの指輪はっ」
「きゃっ」
ロベールは私から力づくで指輪を外そうとするが、ビクとも動かず、彼は苛立って私を床に突き飛ばした。
「ロベール。もういいわ。この役立たず」
「クラルテっ。でも、どうしても外れないんだっ」
「外れないことなんて予想できていたことよ。――えっと、そこの貴女。自分でその指輪を外しなさい。陛下の生誕祭までに外せなければ、コレで奪わせていただくわ」
クラルテはロベールの持つ短剣を指差し微笑むと、続け様に言った。
「命が惜しくば善処なさい」




