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009 ヴェルディエ王国

 ノエルが部屋を飛び出して行って、追いかけようとしたら神獣様に引き止められた。


「放っておこう。甘やかし過ぎも良くない」

「ですが……」


 苦言を呈した私の顔を見ると神獣様はクスッと微笑んだ。


「アカリは心配性だね。指輪をご覧、変わりがないってことは、ノエルも同じだ」

「そうなのですか?」

「ああ。アカリ、一緒に外へ出ようか」

「は、はい」


 白く細い指で手を絡め取られて微笑まれ、私はただ頷くことしか出来なかった。


 ◇◇


「やっぱり、外は気持ちがいいね」


 デッキの手すりに寄り掛かり、風に銀髪を靡かせながら神獣様は満面の笑みを私へ向けた。前より大人っぽくなられたのに、少年らしく微笑む神獣様が可愛過ぎる。


「アカリ、人型の私は嫌いか?」

「いえいえっ。そんな滅相もないっ!!」

「そんなに力一杯否定しなくても。アカリは面白いね」

「面白いだなんてそんな……」


 神獣様は遠い海の先を眺めクスっと微笑んだ。


「どうしてかな。楽しいのに寂しく感じる」

「えっ?」

「あと少しだからかな」


 神獣様は手すりに置いた私の手に左手を重ね、指輪の水晶をそっと撫でた。

 この水晶に色が生まれ、五人目とも友好関係を築けたら、元の世界へ戻ることだって可能なのだ。

 そうしたら、私は――。


「ここに光が満たされれば異界への扉を開くことができる。向こうへ戻ったら、こうして話すことは出来なくなると思うと、今この時間がとても愛おしく感じるね」


 はにかんだ笑顔が眩しくて、神獣様が愛おしく感じる空間に自分も存在することが何よりも嬉しい。だけど……。


「あの。もしその異界の扉を開いたら、神獣様はどうなるのですか?」

「私は……私の望みを叶えることが出来る。たとえ――」


「く、クラルテ様っ。その方はどなたですか!?」


 神獣様が何か言いかけた時、背後から声が響き、振り返ると、いつもより白い顔のゼクスが立っていた。


「ゼクスっ? 身体は大丈夫なの?」

「はい。お陰様で……あの。もしかして、神獣様ですか?」

「ああ。そうだよ。ゼクス」

「おぉっ……」


 ゼクスが羨望の眼差しで神獣様を見つめると、神獣様は私の耳にこそっと呟いた。


「中々、二人きりにはなれないね」

「は、はい」

「あの。お邪魔してしまいましたか?」

「いや。君とも話したいと思っていたよ」


 神獣様の言葉と微笑みに、ゼクスはまた瞳を輝かせた。


 ◇◇◇◇


 ゼクスと神獣様と三人で話している間に、船はヴェルディエへと到着した。

 真面目なゼクスは、神獣様の炎について色んな質問をしていて、私は話についていけなかったけれど、前日丸一日船酔いで終わった船旅の終わりは、満足そうな笑顔で締め括られていたので良かったと思う。


 まぁ、ゼクスの事は良かったんだけど、問題はノエルだ。

 下船の際、獣型に戻った神獣様と喧嘩した。


 ノエルが普段通り神獣様を腕に乗せようとしたが、神獣様はキュピと一言発した後、私の頭に止まりに来た。

 多分、「必要ない」って言われたんだと思う。ノエルはこちらを一瞬だけ睨むと視線を反らし、掲げた腕を下ろし拳を握りしめ震わせていた。



 ヴェルディエは本当に大きな国だった。

 港には露天が並び、レンガ造りの家屋がズラリと建ち並んでいる。船を降りると馬車が用意されていて、それに乗って街並みを進み、ヴェルディエ城へと招かれた。


 言われるままついて行った先がヴェルディエ王との謁見だったのは驚いたけれど、意外とフランクな方で、私と久しぶりに顔を合わせたことを喜んでくれた。

 アレクの話だと、ロベール王子のクラルテに対する気持ちに反対していたそうだから、嫌われているかと思っていた。王様だから好き嫌いは顔に出さないだけかもしれないけれど。


 ヴェルディエ王はアレクと親しげに会話を交わすと、私へと話を振った。


「クラルテ。トルシュ王には会ったのか?」

「い、いえ」

「顔を見せてやると良い。父君は君の成長を喜ぶだろう」


 そう言われて、またすっかり忘れていた父へと会いに行くことになった。でも、私がアカリなら、本当の父ではないのだろうけれど……複雑だ。


 アレク達は陛下に誘われて森へ狩りにでるらしく、私はレナーテと神獣様、そして数メートル離れてついてくるノエルと父へ会いに行くことになった。


「ヴェルディエ王って、王女がお嫌いなのよ。ご自身に娘がいらっしゃらないから。ついでに獣人もお嫌いよ」

「そう」


 確かにそのメンバーだけ追い出された気がする。

 案内のヴェルディエ兵について行き、廊下を突き進み中庭を過ぎ別棟に入った。似たような建物が多く、同じ道を戻れる気がしない。

 そして奥の螺旋階段を上がった先の二つの扉の前で、案内をしてくれたヴェルディエの兵士は立ち止まった。

 まるで囚われの姫が閉じ込められていそうな場所だ。


「お父様はこんなところにいらっしゃるの?」

「ええ。見晴らしが最高で日当たりも風通しも良いですし、引きこもり生活にはうってつけの場所ですわ。あ、テニエの方は下の階で待っていてくださいます?」

「ちっ。先に言えよ」


 ノエルが悪態をついて階段を下っていくと、レナーテは扉を開けるように兵士に命じ、私に自分の後についてくるように言った。

 室内は想像していたよりも広く、バルコニー付きでソファーとテーブルもあって、奥の方に大きなベッドが見えた。

 しかし中には誰もいない。


「バルコニーにいらっしゃるみたいね」


 ベッドに近い奥のバルコニーのカーテンが風で揺れ、レナーテはバルコニーを見に行った。


「おや。レナーテじゃないか」

「はい。神獣様と、巫女を連れてまいりました」


 バルコニーから現れたのは、貴族風の若い男性で、どう見ても父より若く、短い金髪に翠色の瞳の男性だ。

『トルシュの灯』に出てくるヴェルディエの王子に似ている。というか、絶対にそうだ。

 バルコニーにトルシュ王もいらつしゃるのだろうか。

 それとも、レナーテに嵌められたか。


「もしかして、貴方はロベール王子ですか?」

「はい。私はロベール=ヴェルディエ。以後お見知りおきを」







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