008 不必要な謝罪(ノエル視点)
アレクが部屋を飛び出した時、オレも一緒に部屋を出た。
さっきの話は何なんだ。
王女の記憶がないってだけじゃないのかよ。
あいつが異世界から来た巫女って……。
人型に戻ってから部屋へ行くと鏡の前で神獣様とアカリは二人で話していて、オレが来たことに気づいた神獣様はオレを見て言った。
「それは、二人だけの時にって約束。――ノエルには、ちょっとこの話は刺激的すぎたかな」
神獣様の視線で、あいつはやっとオレの存在に気付いた。
まるで、オレがいたことすら忘れていたような顔で。
「ノエル……」
「クラルテが別にいるって、どういうことだ?」
「それは……話すと長くなるんだけど」
「話すと長くなる? そんなに長いことオレには言えないでいたのか?」
「そうじゃなくてっ」
否定したもののその先の言葉が見つからない様子で、あいつは黙り込んだ。
信じてるって言ったのに。結局オレだけ蚊帳の外って訳で、いい加減馬鹿らしくなってきた。
「そうだろ!? カインも神獣様も、ずっとアカリ、アカリって呼んでたじゃないかっ。偽名だって言ってたよな。そっちが本当の名前なのか!?」
「……ごめんなさい」
「謝るなっ」
謝って欲しいんじゃない。謝られたら、本当に嘘をつかれていたってことになる。オレにだけ。オレだけ信用できなくて言えなかったってことになる。
「ノエルはやっぱり子供だね。それが良いところでもあるけど、相手の言葉をちゃんと聞かないと」
神獣様と視線が交わる。琥珀色の瞳に、オレの子供染みた嫉妬を見透かされた気がして目線を反らした。
「……お、お前は、異世界から来た神獣の巫女なのか?」
「そう……みたい。初めは転生したのかなって思ったんだけど、雅さんに会って違うって分かって、それなら……」
「みたいって何だよっ。転生ってなんだよっ!? そうやって意味不明な言葉ばっか並べて、またオレにだけいい加減なことを言うのか!?」
「違うわっ。私だって、よく分からないことばっかりで、何て説明したらいいか分からないんだものっ」
あいつは目に涙を浮かべて訴えた。
ああ。また泣かしてしまった。
こいつが異世界から来た巫女なら、知らない世界にいきなり放り込まれて、周りから処刑だ何だ言われて、訳が分からなくて当たり前なのに。頭では分かっているのに、朝っぱらからオレは何をしているんだ。
「……頭、冷やしてくる」
オレは、神獣様の視線とあいつの悲しそうな顔を見ていられなくて、逃げるように部屋を後にした。
船首の先に腰を下ろし、遠くのテニエへと視線を伸ばす。
本当にガキだよな。オレ。
またこんな惨めな姿を兄者に見られたら、どうしたらいいだろう。
「ねぇ。そこ、好きなの?」
「あぁ?」
振り返るとトルシュの第二王女が立っていた。
一人になりたいのに、またこいつの戯言に付き合わされるのか。
「ご機嫌斜めね。まぁ、私もだけど。お姉様のこと、聞いたんでしょ?」
「…………」
「ずっと変だと思っていたのよ。お姉様は、神獣を召喚したら自分の役目は終わり、城で悠々自適に過ごすつもりだって言っていたのに。それで、私が巫女の代わりになって、呪いの森を元に戻して、国を安定させたら、お姉様はネージュ様と婚約を破棄する予定でいたわ。それで、代わりに私がネージュ様と」
「は?」
夢物語でも話しているのか。
急に第二王女は姉との計画をベラベラと喋りだした。
「お姉様は、私がネージュ様に好意を持っていることを存じてましたから。それなのに自分で巫女になんかなって、ネージュ様とも婚約者気取り。私への裏切りよ。本当に許せなかった」
「ヴェルディエとの関係の話は嘘だったのか?」
「お姉様を悪者にしたかったのよ。テニエとヴェルディエは仲が悪いでしょ。でも、お姉様が偽物だったなんて……。アレクが、お姉様の居場所を知らないか探りを入れてきたの。バレバレ過ぎて、やっぱりお姉様は偽物なんだって分かってしまったわ」
胡散臭いが嘘は言っていないような気もする。
だが、こいつの言葉だけは絶対に鵜呑みにはしない。
「ねぇ。貴方はあの女にまだ洗脳されていないでしょう?」
「洗脳?」
「貴方だけ指輪の宝石の輝きが弱いでしょ。だから、貴方に話しているの。アレクやゼクスはあの女に洗脳されてるもの。まだ健全なのは貴方だけ」
健全って違うだろ。
ああ。こいつの話を聞いてると耳が馬鹿になる。
何がどうなったとしても、こいつだけは兄嫁になんかしてたまるか。
「あの女が、お姉様の代わりに王女をやるなんておかしいでしょ? きっと、召喚された時にお姉様から異世界の巫女の処遇を聞いて、身の危険を感じたのよ。それで、非力なお姉様を捕らえて無理やり魔法で姿を変えさせて、何も知らないフリをして私達を騙していたのよ」
「騙してどうするんだよ?」
むしろ騙される方だろ。あのお人好しの馬鹿なら。
「恐らく、神獣様を成長させて異世界へ帰るつもりなのよ。神獣様のことなんて、ただの道具にしか思ってないんだわ。ねぇ、ヴェルディエにはダンテがいないの。あの女を陥れるチャンスよ」
「ダンテさんか。あの人はなんであいつの事……」
「ダンテはきっと、お姉様を人質に捕られてあの女に従っていたんだわ。それか、利己的な人ですから、お姉様の安全を確保しつつ、あの女のことを利用できるだけしてやろうと考えていたのかも知れませんわ。だから、あの女が本物の巫女だってネージュ様に伝えましょう?」
「……は?」
「私が言っても信じないかもしれないもの。だから貴方から言って、ネージュ様に処分してもらうの。あの女を放っておいたら、神獣様を失うことになるわよ」
「うるさいっ。俺に指図するなっ」
第二王女の自信に満ちた瞳を振り払って、オレは船室へ足を向けた。
またオレを利用するつもりだろうけど、その手には乗らない。
だが、もし兄者に話したらどうなるだろう。
兄者だったら――。




