007 二度目の
アレクは意外とすんなり私を受け入れてくれた。
友好の証が輝き神獣の指輪も共に光り、アレクの瞳と同じコバルトブルーの宝石は光を増し、今も煌々と輝いている。
神獣様はご機嫌で、夜ベッドに入ってもまだコバルトブルーの尾羽根をヒラヒラと靡かせていた。
ただ、赤と水色と紺色の尾羽根をじーっと見つめ、ノエル同様、仔猫は不満そうだ。
「仔猫ちゃんの御主人様の色も、尾羽根に足されるといいわね」
仔猫はキッと私を睨むと、背を向けて丸くなり寝る体制に入った。それを見た神獣様は、私の隣にクッションを三つセットしてその真ん中に埋もれるようにして寝床を作るとキュピ(おやすみ)と一声鳴いて顔を埋めた。また一回り身体が大きくなった神獣様は、クッションに埋もれて眠る気持ち良さを発見したらしい。
「おやすみなさいませ。神獣様」
神獣様の柔らかく艷やかな背中をそっと撫で、私も目を閉じた。もしもクラルテが何処かに居て、私の前に現れたとしても、神獣様と一緒なら大丈夫。私の心の中にいるのか、実際に別個体として存在するのかは分からないけれど。
さっき、アレクに好きにしていいなんて言われて、元の世界へと帰る道もありだと仄めかされた。
もしも本物の巫女が帰りたがっているのなら、帰らせてあげたいと思った。自分に置き換えて考えてみて、燿と会えるかもしれないと思ったら、帰りたいとも思ったからだ。
でも、こうして神獣様を目の前にすると、やっぱり離れがたい。
異世界に送り帰す力を行使したら、神獣様がどうなるのか。その返事も、まだ神獣様からいただいていない。
だけどやっぱり、今は雅さんが心配で先のことなんて考えられない。
雅さんは、今頃どうしているだろう。カインさんが言っていたみたいに、ネージュを丸め込んでいたら……いいんだけどな。
いつもよりもふかふかのベッドに身を委ねる。ヴェルディエ製のベッドはやわらかくて肌触りも良くて心地よくて、気を緩めた瞬間に、私は夢の中へと落ちていった。
◇◇◇◇
「……カリ。アカリ、起きろってば」
「ん……燿?」
「寝ぼけてないで起きろっ」
身体を揺さぶられて、目を覚ました。
普段よりちょっとだけ強張った声の主はアレクだった。
何でアカリ呼びなのよ。燿と間違えてしまった。
でも、どうしてアレクが起こしに来たのだったか。
ああ。そうそう。約束してたんだ。
二人でご挨拶しようって。神獣様に――。
「っ!?」
飛び起きるとブランケットから伸びる白い足が見えて、私のすぐ横にはクッションを抱きしめる白い腕があった。
顔はクッションに埋もれて見えないけれど……。
アレクは目を丸くして私の袖を掴んだまま固まっていた。
「ほ、本当に人の姿になられるのですね」
「ええ。多分綺麗すぎて鼻血出るわよ」
「それはアカリだけです。ですが……」
アレクが恐る恐る神獣様へ手を伸ばした時、モゾっとクッションが動いた。
「……んっ」
「ぉひょっ!?」
「反応キモっ」
「ご、ごめんなさい。っ、ぅぉぅっ!?」
アレクに気を取られていたら、神獣様はムクリと身体を起こし、眠気眼を擦ってまどろみ状態で顕現していた。
神獣様はクッションを一つ抱きしめたままのお姿で……。
あれ。肩が出てる? クッションで見えないけど、これはもしや。
「あ、アレクぅ!?」
「な、なんですかっ!?」
「今日はダンテさんがいないの。神獣様の身支度よろしく! 終わったら呼んでくださいまし!」
「ましって何だよその語尾っ!? って、あー成る程」
アレクの納得の声を背に、私は船室を飛び出し暫くしてからお呼びがかかり中へ入った。
「アカリ。これ、どうかな?」
神獣様は王子様みたいなフリル付きのブラウスと黒のズボンを華麗に着こなして私に尋ねた。アレク、グッジョブ!
「す、すすす素敵ですっ!!」
「そう? それなら良かった」
微笑む神獣様は前回見た時よりも大人びている。
背もアレクより高いし成熟されている。
もはや完全体? まぁ、いつも完璧だけど……。
「アレクが力を貸してくれたから、暫くはこの姿でも過ごせそうだよ」
「あ、あの。神獣様はアカリと呼んでいるのですね」
「ああ。それが彼女の名前だからね」
「姉様は……クラルテ=トルシュは今……」
「さぁ? 巫女を召喚して私を目覚めさせたのはクラルテ=トルシュだろう。しかし、声しか聞いたことがない」
「じゃあ。これが姉様本人かどうかは分からないのでしょうか?」
「あ、これはアカリだよ?」
神獣様は私へ歩み寄ると、頭をぽんっと撫でた。
「あれ? アカリってこんなに小さかったっけ?」
「それは、神獣様が大きくなられたからです」
「ふーん。ちょっといいかな」
神獣様は私の手を引き鏡の前に立たせ、顔が見えないように神獣様の手で一瞬だけ視界を奪われた。
手が離れると鏡の中の私は瞳が黒に戻っていて、神獣様は後ろで微笑んでいる。
「あっ。瞳が……」
「えっ? じゃ、じゃあ、アカリは異世界から来た身体のままで、あの悪魔の化身のような糞姉は何処かにいるってことですよね!?」
「多分?」
焦るアレクに神獣様は興味なさ気に答え、アレクは顔色を一層青くさせた。
「アカリが自分と似てたからって、王女まで押し付けてどっかに雲隠れしたんだな。姉様ならやりかねない。基本的に引きこもりですし、紅茶とお菓子さえあれば生きていける人なんです。トルシュに戻ったら城中探して必ず見つけ出してやりますよ」
アレクは早口で言い切ると、ちょっとレナーテに探りを入れてきます! と力強く言い放ち、部屋を出ていった。
神獣様はまた私の頭を撫でると、瞳は空色に戻っていた。
「神獣様、私……」
「色なんて簡単に変えられる」
「えっ。じゃあ、結局私は?」
神獣様の魔法で黒くなっただけなのか、それとも王女の魔法を解いてくれたのか。
「アカリはアカリだよ。でも、まだクラルテの方が良いかと思って、色を戻しておいた」
「それなら、私は私で……」
「そうだよ。心も身体もアカリのまま。アカリだけのものだよ。アカリがしたいように。居たい場所にいられるように」
「あの。この前の質問は……。もし元の世界に――」
「それは、二人だけの時にって約束」
仔猫の存在を思い出してベッドへ目を向けると、いつもの場所に仔猫はいなくて、変わりに開け放たれたままの扉の前にノエルが立っていた。
目を細めてじっと怒ったような目で私を睨んでいた。
「ノエルにはちょっとこの話は刺激的すぎたかな」




