006 同じだけど違う笑顔(アレク視点)
隠さずに話して欲しいとは言ったけれど、予想外の言葉の数々に戸惑いを隠せなかった。
アカリは異世界で暮らしていた時の記憶を持っていて、ネージュに連れていかれた巫女と顔見知りだったそうだ。
アカリの世界にはトルシュを舞台にした乙女ゲームというものがあるらしく、アカリの魔族や神獣に対する知識はそこから学んだものだそうだ。もしかしたら、五十年前に異世界に帰った巫女の伝承で、そのようなよく分からないものが作られたのかもしれない。
連れていかれた女性――ミヤビさんの仮説によると、アカリは姉と身体を共有しているか、姉と身体と魂が入れ替わったか、見た目だけ変えられているかだとか。
自分としては、一番最後の仮説だけがありえそうだと思う。それ以外の仮説は、異世界ではよくある事なのかも知れないが、理解の範疇を超えている。アカリは瞳以外の見た目は変わっていないと言うし、姉なら魔法で瞳の色を変えるくらい可能だろう。
しかし、どの仮説であったとしてもアカリは正真正銘の異世界の巫女だということになり、だとしたらミヤビさんという人は何なのだろうかという疑問が湧いてくる。
「ミヤビさんは何故ここへ召喚されたのでしょうか?」
「巻き込まれただけじゃねぇかって、ミヤビは言ってたぞ」
「へぇ。そういう事もあるんでしょうか」
多分、と確証はないようだが、アカリは頷いてみせた。
しかし、異世界から来たことが本当であるのなら、ミヤビさんをネージュから取り返すことは容易なことではない。
偽物のような本物なのだから。
もし、アカリが本物だと言えばアカリを危険に晒すことになる。
それなら、姉の身体に本物の巫女が憑依したとでも言えば命の保証はされるか? 身体はクラルテということになるし。
しかし、ノエルは幽霊とか苦手そうだったからネージュもそうかもしれない。そしたら憑依した巫女など気味悪がられて即刻処分かもな。
じっとアカリの顔を見ながら考察していると、アカリが不安げに尋ねた。
「私の顔……王女様と違うところがあるかしら?」
「ぁー。いえ。そっくりです。でも、ちょっと失礼」
頬に触れたが違和感はない。魔法で造形を歪めて見せていたら触れれば分かるし、長時間は無理だからすぐに気付く。
「おい。それで何が分かるんだ?」
「魔法の痕跡がないか調べています。触れれば分かりますから。瞳は触れないので分かりませんし、姉は魔力が高いので、もしかけられていても解くことは難しいのですが」
アカリの額に触れ前髪をかき上げ、至近距離で瞳を見つめてみるが、急に瞳の瞬きが多くなってよく見えなかった。
「アカリ。瞬きはお休みしてください」
「でも、その、近いのですが」
「へっ? あっ、失礼したっ」
アカリの頬は赤く染まり、瞳が泳いでいる。
弟など視界によく入るハエの様にしか思っていなかった姉が、こんな表情をするはずがない。姉にそっくりなことなんて忘れてしまうくらい、目の前のアカリは普通の女の子に見えた。今まで何度も疑い厳しく当たってしまったことが、酷く申し訳なく思えた。
「もっと早く、話してくれたら良かったのに」
「ごめんなさい。ミヤビさんに会うまで、私は異世界に転生したのかなって思ってたから」
「転生? 入れ替わりに巻き込まれに、今度は転生か。異世界では、それも常識なのか?」
「まぁ、常識ではないんだけど……」
よくある設定かな? とまた理解しがたいことをアカリは言った。
「そうか。……アカリ。話してくれてありがとう。ただ、会話はもう少し慎重に。それと、ノエルには内密に。一応、ネージュに漏れたら不味いので」
「そうね。分かった。レナーテには……」
「レナーテにも秘密で。それと、もし姉様が何処かに存在するとすれば、一番いそうな場所はトルシュかな、と」
「えっ。でも、トルシュのどこに?」
「ダンテが匿っている可能性が一番高いので。性格上、誰にも相手にされない姉が、唯一信頼しているのはダンテだけでしたから」
ダンテなら、引きこもりたいと姉に泣きつかれたら匿ってしまいそうだ。いつも姉には甘々だからな。
「そう。ヴェルディエのロベール様と仲が良いとか?」
「はぁ? あいつは……昔から姉様のことが好きで付きまとっていた気持ち悪い男です。ヴェルディエ王に反対されて諦めてそれっきり。姉様も邪険に扱ってて、嫌っています」
「そう。出発前ならダンテさんに聞けたわね」
「決定的な証拠でも突きつけない限り、口は割らないかと」
「それもそうね。さすがアレク。よく分かってるわ」
アカリに褒められたけど、それはいつも通りの弟扱いで、急にそれに違和感を覚えた。
「何か、アカリにアレクって呼び捨てにされるの、腑に落ちないな。姉様じゃないんだし」
「な、なんでよ。急に」
「アカリは子供っぽいから」
「まぁ、失礼ね。身体年齢はともかく、私の精神年齢は二十ニ歳だからね!」
「えっ。アカリちゃん二十歳超えてんのか。意外だ」
「カインさんまで……。取り敢えず、今まで通り敬ってね。表向きは姉なのだから」
真っ赤な顔で必死になってアカリは詰め寄ってきた。
姉じゃないと分かると、やっぱり反応が子供っぽくて面白い。
「ふっ。あははっ。敬ってって、自分で言うんだ」
「アレク。笑うところじゃないから」
「はいはい。お姉様。これからも敬いますよ。姉の皮を被った巫女様として。それでよろしいですか?」
手を取り微笑んで見せたら、アカリは嫌そうに目を細めている。
「姉の皮を被ったって。化け物みたいじゃない」
「ご不満ですか。お姫様? それとも英雄様がいいですか?」
「アレク。面白がってるでしょ」
「まぁそうですけど、貴女はトルシュを救ってくれたではありませんか。間違ってはいませんよ。それと……好きにしていいですからね?」
「ん?」
「これからの事ですよ。貴女はトルシュに貢献しました。もうして欲しい事はありません。だから、もし姉様の心も身体もここにあったとしても、何処へでも持ってっていいですから」
アカリが神獣様を成長させたいのは、きっと帰りたいからなんだ。大切な人がいる自分の世界に。その感情は当たり前で、応援してあげたいと思った。
「それって……」
「あっ。でも、神獣様がどうなるか、解決してませんよね? それに、ずっとトルシュで過ごしても良いのですよ。そうだ。やっぱり、ゆくゆくはネージュ殿との婚約は破棄させましょう。姉様だったら、積年の恨み込みで嫁いでしまえばいいって思っていましたが、アカリには荷が重すぎますから」
「アレク。ありがとう」
握った手を固く握り返されて、姉と同じ顔で姉と違う笑顔を見せる。
「……その顔でお礼言われると調子狂うんですよ。全く」
手を握られたまま笑い返した時、神獣の指輪から光が生まれた。初めて指輪に宝石が顕現された時も、こうして手を握ったときだったことを、ふと思い出した。
むさ苦しい赤髪のおっさんが瞳を輝かせながら喜んでる姿が邪魔だけど、アカリの笑顔が見れたから良しとしよう。




