003 保留
アレクは前向きにミヤビさん救出の手伝いを約束してくれた。ノエルは邪魔をしないこと? を約束し、神獣様はやる気満々といったご様子だった。
カインさんはやっと話の分かる奴と話せたと言い、アレクの評価は上々だ。
「それと、陛下は友好の証を息子である第一王子のリシャール殿に託したと仰っていました。現在は厳重に保管されたままだそうです」
「リシャール様はどんな方なの?」
「国中を飛び回っているらしくて、お会いできませんでした。ですが、国民の評判は良かったですよ。博識で裁量もあり素晴らしい方のようです。ヴェルディエ王の生誕祭の前には、必ず王都に戻っていらっしゃるとのことでしたので、数日休養したら、今度は姉様も一緒にヴェルディエに行こうと考えていたところだったんです」
「その方が私達の話を聞いてくださればいいのだけれど」
ヴェルディエかテニエか、どちらかを説得しなければならないし、それとは別に神獣様の為にもヴェルディエの王子とは友好関係を築かなければならない。
「取り敢えずヴェルディエに行かないとだな」
「はい。カインさんの船は目立つので乗ってきたヴェルディエの船で一緒に行きましょう」
アレクの言葉にカインさんが頷くと、ゼクスが遠慮がちに手を上げた。
「あの。もう一つよろしいですか?」
「なんだ? ゼクス」
「クラルテ様の婚約ですが、破棄することは出来ませんか? 先程のカインさんのお話を聞いて、ネージュ様の言動に不信感を抱きました」
「あー。すげぇことばっか言ってたよな。例えば――」
カインさんが昨日の話をすると、ゼクスは顔面蒼白、アレクとノエルは深いため息をついた。
「アレク様。聞けば聞くほど、血の通った生き物とは思えぬ言葉の数々に驚かされるばかりです。森の呪いも解けました。テニエと政略結婚させなくても良いのではないでしょうか? クラルテ様は巫女様ですので、トルシュに残る方が良いとも思えます」
「そうだな。しかし、協力を仰いでおいて、用がすんだら手を切るなど、虫の良すぎる話だ。姉様の為に尽力するノエルにも申し訳ない。ノエルは何か思うところはあるか?」
「オレは、婚約など破棄されてしまえばいいと思う」
窓辺で神獣様と日光浴中のノエルの即答に、アレクは意外だった様で面食らった顔をしていた。
「お、そうか」
「あ。その……互いの国益に関してもさほど有益でもないし、兄者にはもっと平穏無事に過ごせる相手の方が良いとも思うし。まぁ、トルシュの悪名高い王女を嫁にもらってくれる奴なんてそうそういないだろうから、ちゃんと考えてから破棄するんだな」
後付でそれっぽいことを付け足し尚且つ私の事を若干貶したノエルの言葉に、アレクは苦笑いを浮かべながらこちらへ目を向けた。
「とのことですが、姉様自身は、どう思われているのですか?」
「正直なところ、よく分からないわ。今はそんな事より、雅さんの事を優先したいの。婚約破棄なんて話をしたら、ネージュとの関係は破綻かもしれない。ヴェルディエかテニエかどちらかを味方につけたいのに、そんな事をしてはいられないわ」
「ですよね。ゼクス。気持ちは分かるが、この話は保留だ」
「……クラルテ様がそう仰るのなら」
ゼクスは納得の行かない面持ちのまま了承してくれた。
◇◇◇◇
私とアレクはヴェルディエ王の生誕祭へ参加する為にヴェルディエへ行くことになった。レナーテも招待を受けているらしく一緒だ。神獣様も行くのでノエルも一緒だし、ゼクスもアレクに志願して同行することになった。
そして部屋へ戻る途中、レナーテと遭遇した。
私を見るなり、レナーテは軽蔑するかの様な目を向け鼻で笑った。
「レナーテ?」
「呼び捨てにしないでくださる? それから、出来るだけ視界に入らないで」
「私のことが嫌いなのは分かるけれど」
「分かってないじゃない。貴女は何も分かっていない。いい気味だわ。ネージュ様に海に落とされたのでしょう? 貴女は絶対にネージュ様と結婚なんか出来ないわ。偽物の癖に……誰も貴女なんか必要でなくなるんだからっ」
レナーテは言いたいことを言えたのか、スッキリした顔で去っていった。
「姉様? 大丈夫ですか?」
「アレク」
「レナーテは反抗期ですかね。ヴェルディエでは機嫌が良かったんですけど。帰りにネージュ殿から本物の巫女の話を聞いてからは、酷く苛立っていて。トルシュの立場が無くなるのではと危惧しているのかもしれません」
もしかしたらネージュに何か言われたのだろうか。
「レナーテって、ネージュが好きなの?」
「へ? それは初耳ですけど、言われてみると……そうかも知れないですね。レナーテに聞いてみます。姉様はレナーテの意思次第で婚約者を代わってもらうとかって……」
「勿論良いわよ。私は神獣様と一緒にいられればそれで良いから!」
ですよね。と笑いながらアレクは頷いてみせた。
「了解です。それも一つの選択として考えておきます。あ、ノエルとの友好の証って、まだ完全ではないのですね」
四つの水晶のうち二つは光が強い為、アレクとノエルの水晶は少しくすんで見えた。
「そうね。でも、アレクもだけど?」
「ははっ。やはり、心のどこかで姉様を疑ってしまうんですよね。あとひと押し、いいとこ見せてくださいよ」
「何よそれ」
肘で軽く小突かれて、戯けるアレクについ笑ってしまった。
「良かった。笑いましたね」
「ん?」
「少し、表情が硬かったんで。あんな顔してたら、神獣様も心配しちゃいますよ」
神獣様にそんな顔は見せたくない。
でも、朝見せてしまった顔よりは良いかもしれない。
そう。今朝は突然――。
「あっ。そ、そうだわ。実は……」
私は神獣様との寝起きの出来事をアレクに話した。




