002 魔性の女?
私はクズだ。雅さんが大変なことになっているのに、寝ぼけていたとはいえ幸せに浸るとは、最低だ。
それに、神獣様に何も聞けなかった。
というか言語能力を喪失していた。
まさか推しの前だとあんなに何もできない奴に成り下がるとは、残念極まりない自分が悲しい。
しかも、昨日はあのまま爆睡。起きたら昼過ぎだった。
アレク達が帰還したのでダンテさんが起こしに来てくれたのだ。
ダンテさんは神獣様と一足先に執務室へ行くと行って出ていってしまい、仕度をしてから急いでアレクに会いに執務室を訪ねると部屋の前にゼクスが立っていた。
「クラルテ様っ。どこもお怪我はありませんか!?」
「ええ。大丈夫よ。おかえりなさい。ゼクス。ヴェルディエはどうだった?」
「そんなことはどうでもいいのです! その……婚約者の方に、海に落とされたとか……」
「あっ。そうね。そんなこともあったわ」
カインから聞いたのだろうか、ゼクスは俯き青ざめた顔で呟いた。
「破棄ですね」
「ん?」
「そんな奴とは婚約を破棄しましょう。なるべく穏便に国交に問題が出ない程度に、相手方の心だけ崩壊させるような策がないか考えておきます」
「えっ? ちょっとなんか凄い話になってなかったかしら?」
「いえ、普通ですよ」
普通じゃない目で普通だと呟くゼクス。
頼むから闇落ちだけは二度としないで欲しい。
あ、闇落ちしたのはゼロフィルドだったわね。
「ゼクス。カインさんから聞いたの? 中に来てるのかしら?」
「はい。そうでした。アレク様も心配されていますので、中で話しましょう」
部屋にはアレクとカインさんが向かい合って座り、窓辺にノエルと神獣様、扉の横にはダンテさんが立っていた。アレクは私が入室すると立ち上がり、猛ダッシュで目の前へやってきて両手で私の手を握りしめた。
「姉様、お元気そうで安心しました」
「アレクも。おかえりなさい」
「はい。……話は大体伺いましたが、あの人、信用できそうですか?」
チラっとカインさんを流し見て、アレクは私に小声で尋ねた。
「ええ。男気があって真っ直ぐで頼りになる方だと思うわ」
「そうですか。友好の証も認めたと聞きましたし、信用しても良さそうですかね。それと、巫女が見つかったと聞きました。テニエの船とすれ違った時に、ネージュ殿から」
「ネージュに会ったの? 巫女には会った?」
「ネージュ殿とは少し話しましたが、巫女は部屋に閉じ込めているとのことでした。姉様は会ったのですよね。それで、その方をネージュ殿から助け出したいとか」
「ええ。雅さんを助けたい。彼女はカインさんと」
「それも聞きました。あと、ロイさんからヴェルディエの話を聞いたことも。向こうでヴェルディエ王から聞いた話でも、巫女を異世界に返したいって話していたので、ロイさんがその辺の事情にも精通している方だと分かって、ちょっと驚きました」
トントン拍子で話が進む。私が寝ている間に色々と話が通っていたようだ。
「ねぇ。異世界に帰さずに雅さんを助けるにはどうしたらいいかしら?」
「うーん。ヴェルディエに掛け合えば、異世界に送り帰すために確保することは可能かな。と」
「じゃあ。確保して送らない方向でいくとか」
「……ヴェルディエって結構大きな国なんですよ。トルシュなんてヴェルディエの港くらいの大きさしかないかもしれません。だから、欺くのは難しいかなと思います」
「そう……。やっぱり、ネージュかヴェルディエか、どちらかを説得しなくては無理そうね」
ネージュの説得は骨が折れるだろうし、ヴェルディエサイドは攻略対象と出会ってさえいない。でも、『トルシュの灯』に登場するヴェルディエの王子は理想の白馬の王子様って感じだったから少しは期待できるかもしれない。ただ、第二王子のロベールの噂からすると心配ではある。
「はい。あの、それと……。そのミヤビさんってどんな方だったんですか?」
「そうね……。カインさんのことが大好きで、それ以外何を求めるでもない、普通の女性でした」
「でも、会って間もないのに、そんなに好きになったりするものなんですか? カインさんから感じるミヤビさんへの熱情がすごいんですよね。やっぱり、魔性の女なのではと」
五十年前の巫女のことを思えばそう判断されても仕方ないのかもしれない。
「そんなことないわ。まぁ、美人さんだけど、あんまり他人に媚びを売るような雰囲気じゃなくて、クールビューティーな感じだから」
「成程。ですが、色々な交渉材料としても必要なのは、最後の友好の証の所持者と関係を深めることですよね」
「そうね。友好の証はあったの?」
「なぁ。話はまとまったか?」
それは、とアレクが言いかけたところで、奥からカインさんが声を上げた。アレクと話し込んでカインさん達のことを失念していた。
「カインさん。お待たせしてすみません」
「いや。気にすんな」
「姉様、あちらで話しましょうか」
「ええ。そうしましょう」
私とアレク、そしてゼクスがソファーに腰を下ろすと、ダンテさんが待ってましたとばかりに温かい紅茶を淹れてくれた。




