001 今なら死んでもいい
「アカリ。ありがと」
誰かが私の頭を撫でながらそう言った。
落ち着いた優しいテノールボイス。
ノエルに似てるけど、もっと高貴で艶のある声だ。
薄っすらと瞳を開けると、長い銀髪が揺れていた。
毛先だけオレンジ色で、まるで――。
「し、し……」
「おはよ。アカリ」
目の前で微笑む銀髪の青年。
肌は白く陶器のようで、瞳は透き通った琥珀色。
そこに銀色の長いまつ毛が被さって、人外この上ない各種パーツをお備えになった、理想と妄想を軽く凌駕する存在がいた。
「お、ぉぉ……」
「大丈夫? 息、ちゃんと吸って」
つい野太い声が出ちゃったけど、神獣様は心配そうに私の頬に暖かな手を添えられて。
うん。それ完全に逆効果です。
息、止まりました。そろそろ心臓も止まりそうです。
「顔、熱いね。……窓、開けてくる」
神獣様は、ベッドから降りると窓辺へと駆けていく。
ベッドから降りて気付いた。背は私と同じくらいで、多分、まだ成長過程な神獣様だ。シルクの真っ白なシャツとズボンがパジャマなんだろうけど、すんっごく高貴なものに見えた。
神獣様は、窓を開けると朝日に照らされながら外の景色を瞳を輝かせて見ていた。
やばっ。カワイイ。すごく美形でちょっと少年っぽさを残したお姿で、尚且つ人外感半端ない癖に、そこに無邪気属性もつくなんて。
神獣様は、私がじっと見ていることに気付くと、ズボンをつまみ上げ小首をかしげた。
「アカリ。ダンテが用意してくれたんだけど、これって部屋着? 外行くのは、駄目かな?」
ダンテさん。もう神獣様と対面しやがっていたのね。
初めてダンテさんに嫉妬した。
でも、外へ行くって何?
えっ、デート。お散歩デート!
イベントスチル、手に入りますか!?
「アカリ? もしかして……」
神獣様がパタパタと駆けてベッドに舞い戻り、私の目の前に来て不安そうに尋ねた。
「私が誰か、分からなかったかな? 急に知らない生物がいたら、困ってしまうよね」
私は必死に首を横に振って否定すると、神獣様は微笑んで一歩こちらへ足を進めようとしたけれど、急な目眩に見舞われたのか、額を抑えてベッドに手を付いた。
「へっ」
「あ、ごめん。慣れない身体で……。それに、まだ安定してないから。――そうだ。アカリ。アカリのこと抱きしめてもいい?」
「ほっ!?」
我ながらなぜ、ほっ。って言葉が出たのか突っ込みたい。
神獣様は、何故かクスクスと笑っていて、多分変な顔しちゃっているんだろうな~私。嬉しくて鼻の下伸び切ってるかも。
「アカリ。それは、いいってことかな?」
私がコクリと頷くと、神獣様はベッドに膝を乗せ、私をギュッと抱きしめてくれた。
夢かな。でも暖かくて甘い果実みたいないい香りがする。
「いつもありがとう。アカリが抱きしめてくれると、心が満たされた。この姿では長くいられないから。今だけ私からこうさせて」
あー。耳元で言わせたらもう泣けてきた。私も神獣様の心に何かしらの養分を与えられてたって知れて嬉しい。今なら死んでもいいかも。
「ふぎゃ!?」
私の後ろから何かの声? がして、神獣様が私からゆっくりと離れていった。
ああ。終わっちゃった。
神獣様は私にニコっと微笑みかけると、私の後ろへと目を向け手を伸ばした。
「ノエル。君もいつもありがと」
一瞬ノエルがいたのかと驚いたけれど、ひょいっと神獣様が取り上げたのは紫の仔猫、ノエルの使い魔だった。
「ノエル。君がもう少し素直になってくれたらな。もっと繋がりが強くなって、アカリとお話できる時間が取れるんだけど」
仔猫は私と神獣様を交互に見上げて、ちょっとパニクってる。でも、どうしてノエルと呼ぶんだろう。もしかしたら、この仔猫を通して、ノエルはこちらの様子を見ることが出来るのかもしれない。
「ノエル?」
神獣様がまた名前を呼ぶと、仔猫はハイスピードで首を横に振り、腕をすり抜け扉の方へと走っていった。
そこへ丁度ダンテさんか現れたので、仔猫はそのまま部屋を飛び出して行った。
「おや? クラルテ様。お目覚めでしたか。神獣様は……もうお戻りになられたのですね」
「えっ?」
振り返るといつもの神獣様がベッドの上にいた。
足元にはシルクのパジャマ。夢オチではなかったみたい。
でも、さっきのアレって……。
「クラルテ様。朝から頬がだらしなく緩んでおられますよ」
私はダンテさんの忠告を受けて、神獣様に見えないように口元を手で覆った。




