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019 捕虜(ネージュ視点)

 弟の声がして使い魔を飛ばすと、巫女と神獣様が海の賊に拐われたと泣きつかれた。

 弟の頼みなら仕方ないと思い、艦隊を率いて賊が縄張りから出る瞬間を岩陰で待った。


 賊は友好の証を所持しているらしい。

 拐われたのか、自らで向いたのかは定かではない。

 巫女はヴェルディエの王子とも情を交わしているとの噂を聞いた。

 気の多い女だ。さすが巫女の血筋といったところか。

 ただそれも面白い。

 自分が誰のものなのか知らしめ、絶望させてやろう。


 そう心に決め迎えに行った先で、俺は巫女の力の源である神獣を奪い、他所へ向けた熱を払う如く海に突き落としてやった。


 それでも、巫女は俺に詫びもせず媚びもせず、賊を庇い自らの裏切りを否定し俺の邪魔ばかりした。

 神獣も賊も黙らせ、頼るものを失ってもなお、俺に盾突いた。


 ただそれは、異世界の巫女を庇うためだった様だ。

 自らが召喚したことで不運に見舞われた異世界の巫女に同情したのか。しかしそれだけで、あんなに非力な人間が何故俺に歯向かうことができるのか。 


 考えても答えなど見つかるはずもなく、俺に逆らう巫女の顔だけが頭から離れなかった。

 初めて会った時もそうだった。ただ傲慢で高飛車な人間だと思っていたが、自分のためではなく、誰かのために巫女は俺の邪魔をする。それがとても気に入らない。


「ネージュ様。捕虜が目を覚ましました」

「連れてこい」


 縄で縛られた異世界の巫女が俺の前に連れてこられた。

 泣き喚くでもなく不気味なほど冷静だ。


「他の人は解放してくれたの?」

「ああ」

「そう」


 異世界の巫女は微かに笑みを浮かべうつむいた。

 笑う余裕すら異世界の巫女にはあるようだ。

 

「お前は俺に服従する気はあるか?」

「ないわ」

「ならば皆の前で処刑し存在を断つ。この世界に不穏をもたらす巫女であるお前を」


 異世界の巫女は、顔色一つ変えず、朝食のパンのジャムを選ぶかのように言葉を発した。


「でも、処刑はされたくない。私は、生きてしたいことがあるから、生きることを最優先に考える」

「ならば服従を誓うのか? 処刑されるよりも過酷な未来が待っているぞ」


 今度こそ異世界の巫女を絶望させる為に選んだ言葉を投げても、彼女は表情を曇らすことなく、むしろ笑って言った。

 

「最高の脅し文句ね。でも、服従も出来ることならしたくない。だから、どちらでもない道を一緒に探してみない?」

「は?」


 今、こいつは何と言った?

 俺と探す? 一体何をだ?


 異世界の巫女は俺の目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

「ところで、私は、本当に巫女なのかしら?」

「……黒髪黒眼など、この世界に存在しない」

「そう。昨日、神獣と会ったけれど、私は選ばれなかったわ。私が本物なら、偽物から乗り換えるのではないの?」


 確かに、本物の巫女なのに神獣は見向きもしなかったということになる。では、本物ではないのか。途中から巫女を代わることなど出来ないのか。それとも――。


「召喚されたが、価値がなかったということか」 

「成る程。神獣にとって私は無価値。それなのに、私は世界に不穏をもたらすほど大きな存在なの?」


 嫌味を言ったつもりだったが、異世界の巫女は笑顔で受け入れ疑問をぶつけた。自分に価値がないと認めるなど、どうしてできるのか分からない。一体何を企んでいるのだろうか。


「存在を放任することはできない。現巫女である王女を害し、自ら巫女になり欲しい物に手を伸ばすかもしれんからな」

「あの王女様が大切なのね。でも、私にとっても彼女は大切な方よ。私はあの船で愛する人と出会えたのだから。召喚してくれて感謝しているの」

「戯言を。異世界の巫女が、あの賊の女になるだけで満足するはずがない」


 そうかな……。と言って首を傾げながら、異世界の巫女はまた口を開く。


「五十年前の巫女が、五人と心を通わしたのに異世界へ帰ってしまったから? それって、本当は誰にも心を許してなかったってことよね」

「何故だ?」

「帰らなくていいじゃない。そんなに色んな人に愛されているなら。全部自分の物でも良かったじゃない。なのに、どうして帰ったのか。……私は、貴方達に伝わる歴史に違和感を抱いているわ」

「では、どんな歴史だったというのだ?」

「うーん。そうね。仮説を立てるには情報が足りない。逆に聞くけど、貴方はその歴史で満足なの? 変に思ったことはない?」


 何が仮説だ。諸悪の根源である昔の巫女を肯定し、自分へ向けられる疑念を振り払うつもりか。


「別に。トルシュは自国を栄えさせるために巫女を喚び、ヴェルディエは自国より強い力を望まず神獣を奪う為に巫女を異世界に帰るよう唆し実行された。そしてテニエは巫女のせいで守るべき神獣を失い巫女を憎んでいる。どの国も異世界の巫女を邪険に思い、そして裏切られたと憎んでいるだろう。ただそれだけだ」

「それだと、ヴェルディエだけが思い通りになったってところかな。神獣が卵になったのは誤算かしら。でもそれって、巫女が裏切ったって言えるの?」

「巫女が異世界に戻ったことで神獣は力を失い卵に戻された。その事実だけで十分な裏切りであり、テニエにとって悪そのものだ」


 何を言おうと存在することすら悪なのだ。

 それは決して変わらないのに、異世界の巫女はまた微笑み返した。


「そう。では、ここで朗報です。私は、絶対に異世界って方には帰らないわよ」

「?」

「私はカインと家族になった。絶対に離れたくない」

「…………」

「私は神獣に巫女として選ばれなかった。私は異世界には戻らない。私はカインと船員たちと暮らせればそれでいい。――ねぇ。私は本当に巫女なの? 貴方がいう悪に、私はなり得る存在なの?」


 揺るぎない自信に満ちた瞳で、異世界の巫女は俺にそう尋ねた。


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