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018 ヴェルディエの事情?(ノエル視点)

「起こしますか?」


 ダンテさんとあいつの部屋に様子を見に行ったら、あいつは神獣様とベッドで寄り添って眠っていた。


「いや。このままの方が神獣様も回復されるだろう。カインとかいう奴とは、オレが話す」

「よろしいのですか? ネージュ様の血縁者とあらば、会話の成立は難しいのではないですか?」

「だが、起こすのは……」

「そうですね。愚問でした。では、参りましょうか」

「ああ」


 今は寝かせておいてやりたい。

 どうせ、こいつがあの男に馴れ馴れしく何を言うかなんて分かっているのだから。


 ◇◇◇◇


「まぁ、しゃーねぇな。昨晩は遅くまで付き合わせちまったし、朝も早かったからな。寝かしといてやれ」


 アイツが寝てしまったことを伝えると、カインは怒ることなく受け入れた。大切な人を連れて行かれて、オレだったら冷静でなんかいられないが、意外と落ち着いていて驚いた。

 同席するロイさんは相変わらず誰にでも友好的で、もしかしたらこの人からでる温和な空気が場をまとまらせているのかもしれないと思えた。


 ロイさんは、カインに羨望の眼差しを向け尋ねた。


「聞いたところによりますと、カインさんも友好の証の所有者となり、ゼクスさんと同じように巫女様との良い友好関係を築けたそうですね」

「そうみたいだな。良いことなのか?」

「はい。ここだけの話、ヴェルディエの国王は神獣の巫女を異世界に帰したいと思っています。巫女様が……」

「だめだっ。ミヤビは俺の家族だっ! 絶対にどこへもやらない」


 テーブルを拳で殴りつけた弾みでカップが跳ね、空気が一瞬で張り詰め音が消えた。

 しかし細っこいロイさんは、意外と驚きもせず残念そうにため息をついた。


「あぁ、そっちですか。でも、帰した方がいいと思いますよ。そうすればテニエから永遠に逃れることができますし」

「俺が守る」

「今も守れてないのに?」


 ロイさんは、穏やかに尋ねたがカインの顔が凍りついた。


 前言撤回。この組み合わせは不味いのかもしれない。

 カインはテーブル越しのロイさんの胸ぐらを今にも掴みかかろうとしていた。


「お前、ロイっつったよな。喧嘩売ってんのか?」

「いえいえ。まぁ、別に帰さなくても良いとは思います。まだミヤビさんという方が異世界から来た巫女なのかハッキリとはしていませんし、大切なのはシナリオが成り立つかどうかですから。誰が何の役を担おうと問題はありませんので」

「はぁ? すまん。お前が何を言っているのかサッパリ分からん」

「ヴェルディエは、召喚というものを今回で最後にしたいのです。五十年前の失敗を繰り返さないように、今度こそ終わりにしたい。その為のシナリオが必要なのです」


 何がシナリオだ。やはりヴェルディエは胡散臭い。

 カインは話についていけないといった顔つきで窓の外へ視線を外し、これ以上ロイさんと話す気もなさそうで、変わりにオレが質問した。


「どんなシナリオが理想だって言うんだ?」

「テニエは分かっていて邪魔をしているのでしょう?」

「二度と召喚なんかさせないように、巫女の血を絶やそうとしているんだろ」 

「まぁ、なんと言いますか。ヴェルディエの理想としては、召喚というものの危険性を知らしめたいのです。巫女はまた皆を裏切り異世界に返っていただき、神獣様にはお生まれになった地に帰っていただく流れですね」

「は? それは、また神獣様を卵に戻すってことか?」


 あ、分かっていませんでしたか。なんて笑いながらロイは言葉を続けた。


「そうなるかも知れませんね。でもそれで良いとは思いませんか? 今、神獣などと言う存在は必要ないのですよ。大昔のように、魔族という脅威は存在しないのですから。神と名のつく獣は、実在しなくていい。強い力は、また各国のバランスを崩すだけ。神は神として、私達の心の中に居て守ってくだされば、それだけで十分なのです」


 ロイさんはオレを説き伏せるように力強く言い切った。

 ヴェルディエに産まれれば、皆こんな考えに育っていくのだろうか。もう少しまともな奴かと思っていたが、違った。


「要するに、トルシュに力を持たせたくないんだろ? 何が神獣研究家だ。自国の脅威を取り払おうとするだけの、ただのヴェルディエの犬じゃないか」

「何とでも言ってくれて構わないよ。テニエはどうせ、ヴェルディエの言葉なんか理解できないのだから」


 テニエとヴェルディエの溝は深い。

 互いに探り合い疑い合い牽制し合っている。

 今までロイさんからそういった空気は感じなかったのに、ただ隠していただけだったようだ。

 また一段と場の空気が重くなると、会話から抜けていたカインが言葉を挟んだ。


「ぁー。だが、神獣ってアレだろ? 王女を守る為にすげぇ勢いで飛んできた、あの鳥だろ。今、目の前にいて、ちゃんと生きているアイツを……。その存在を否定するってのは、好きじゃないな」

「ほぅ。それは同感します。が、神獣様は何と仰りますかね? ノエル君」

「……何故オレに聞く?」

「神獣様と話ができるのはノエル君だけですから」


 ロイさんの笑顔の圧が強い。

 それに屈する訳では無いが、神獣様の意図を周囲へ伝えるのはオレの役目だから、聞かれたことには応えるべきだと判断した。


「帰るべき場所に帰るのは当然だ。以前、神獣様はそう仰っていた。誰に向けていった言葉かは、はぐらかされたが……」

「神獣様は、ノエル君に全てを話さないのですね。信頼、されていないのですかね?」

「…………」


 いちいち突っかかってくるのは何なんだ。

 言い返そうかと思ったが、強ち間違っていないのかと思うと言葉が出てこなかった。


 沈黙が続き、見兼ねたカインがまた声を出した。


「んで、結局そのシナリオってのは、五十年前を繰り返させて、召喚しても災いを招くだけって知らしめるってことか?」

「まぁ、そんな感じです。召喚によって得られるものはなく、失うことしかないことを広く国民に知らしめ、神獣様の安寧を守りたいのです。結果的にそうなればいいだけなので……」


 神獣様を卵に戻して、それが安寧?

 それだけは聞き捨てならなかった。


「それのどこが安寧だ。自分勝手なことばかり言いやがってっ!」

「ははは。そうかもしれませんね~」


 ロイはヘラヘラと笑って聞き流すと、カインはオレとロイを交互に見比べ眉根をひそめた。


「なぁ、ロイ。それからノエル。なんで俺の前で喧嘩してんだ? お前達はミヤビを助ける手助けをしてくれんのか。それとも邪魔したいのか?」

「オレは、そのミヤビって奴に興味はない。ただ、アイツが……巫女が助けたいと想う人間は助けてやりたいし、そのミヤビって奴が、本物の巫女だったとしたら、神獣様の言葉通り、帰るべき場所に帰してやりたい」

「お、私も同じ意見です。神獣様の御心のままに。私は神獣様を崇拝する神獣研究家ですので」


 何故かロイはオレの言葉に、同意した。

 どこまで同じなのか知ったことではないが。


「なんか、面倒くせぇ奴らばっかだな。協力してくれんのかもハッキリ言えねぇのかよ。――まぁ、気のおけない奴らを頼るつもりもないがな。ミヤビが本物かどうかなんて知らねぇが、ミヤビの帰る場所は俺の隣だ。それだけは覚えておけ」


 カインの言葉にロイさんは軽く了承し頷きながら言った。


「成程承知しました。それで、ミヤビさんって本当に本物の巫女なんですか? 異世界から来たって証みたいなものってあるんですか? 結構興味津々なのですけど?」

「ああ。船に、ミヤビの鞄がある。スマホとかボールペンとか、カメラっつったか、色々と見たこともねぇもんがあったな」

「へぇ~」

「見に行くか?」

「はい。是非とも!」

「ノエルはどうすっか?」 


 さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら。

 二人は連れ立って船に戻ることにして、それにオレまで誘う始末。仲良くついて行くなど有り得ないだろ。


「俺は興味ない。ダンテさん。アレク殿はいつ戻られるんだ?」

「それが、天候不良のため、明日になるようです」

「そうか。じゃあ、今日はもう解散。あんた達と顔を合わせていると疲れる。――カイン……さん。後はダンテさんに聞いて過ごしてください。明日また」

「ああ。王女が起きたら、よろしく伝えといてくれ」


 俺は頷かずに部屋を出た。

 外はもうそろそろ日が暮れる時刻。

 長く降り続いた雨も止み、遠くに雲の切れ目が見えた。

 あの空のように、テニエとヴェルディエの間に光が差すことはあるのだろうか。


 きっと、ないだろうな。

 ただの自称研究家ですらあの喧嘩腰。 

 やっぱりヴェルディエは、大嫌いだ。

 



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