017 魔力不足
浜につく頃にはメルさんも目を覚まして、私の婚約者に雅さんが連れて行かれた事を酷く心配していた。そして、船を空けるわけにはいかないので、メルさんと船員たちを残し、カインさんだけが城へ同行することになった。
城へ戻るために丘を上がり街を見下ろして、サァ婆との約束を破ってしまったことを思い出した。今度、謝りに行こう。
城へ着くとダンテさんが迎えてくれた。到着早々にノエルはダンテさんに用を頼まれ、城の奥へと飛んでいってしまい、私が客室へカインさんとロイさんを案内しようとしたけれど、ダンテさんはローブの下から覗く私のラフな服装を見ると、なりません。とブツブツ言いながら、客人の二人をそっちのけで部屋に戻され着替えを優先させられた。
「ダンテさん。神獣様はどこかしら?」
「今日はお疲れのご様子で、ノエル様のお部屋で休まれるそうです」
「そうなのね。でも、いつもの様に夜になったらいらっしゃるかしら?」
「さて、どうでしょうか」
いつも通りの朗らかな笑顔に違和感を覚えた。
私は無断外泊したトルシュの王女。
なのになぜ、ダンテさんは怒らないのだろうか。
「ダンテさん」
「……はい?」
着替えを済ませ、温かなお茶を入れてくれているダンテさんに声をかけたら、珍しく変な間があって返事も疑問形で、やっぱりおかしい。
「あの。何か言えないことでもありますか?」
「いえ。あ、ご無事で何よりです。今後は街に行く場合、必ず私が側におりますので、ご安心くださいませ」
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした」
「迷惑などとは……。謝らないでください。全て私の失態なのです」
言いながらダンテさんは何処か上の空で、カップのお茶が溢れたところで異変に気づき、慌ててナプキンで拭いていた。完璧執事なのに王女を危険な目に晒してしまい、ショックを受けているのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「ははっ。少し寝不足でして、失礼いたしました」
「ダンテさん……」
「寝不足と言えば、ノエル様は雨の中、城の屋根から動かずずっと西の海を見つめていたのですよ。彼が誰よりもクラルテ様の身を案じていました」
「ノエルは神獣様を心配していただけですよ」
「…………」
無言でカップを手にしたまま、ダンテさんは神獣様の止まり木セットを見て考え事をしている様子。
もしかしたら、神獣様のことで何か隠しているのかもしれない。
「ダンテさん?」
「はっ。失礼しました」
「神獣様の……」
「はい?」
名前出しただけで身構えるダンテさん。
やはり何かあったのだと確信した。
「お顔だけでも見に行こうかと思います」
「そ、それはなりません」
「なぜ?」
「……。ノエル様の部屋ですので、王女が立ち入るなどありえません」
「ダンテさん。神獣様になにかあったのですか?」
「それは……」
「ダンテさん。私……。勝手に見てきます!」
「く、クラルテ様っ」
廊下に飛び出した私は一瞬でダンテさんに捕まった。
ダンテさん、俊敏すぎる。
「離してくださいっ」
「クラルテ様。私がご案内いたします。ただし、約束してください。ご自分を責めないでくださいね。これは、城にいた私の責任ですから」
意味深なダンテさんの言葉に不安を抱えながら、互いに無言のままノエルの部屋に到着した。
「ノエル様。失礼いたします」
「ああ。入ってくれ」
扉が開くと、ノエルは振り返りもせずベッドに腰を下ろしたまま言葉を発した。
「ダンテさん。これは巫女に知らせた方がいいと思うぞ。怪我は大したこと無いが、魔力不足が酷い」
「怪我って、どういうこと?」
「お、お前。何でここに!?」
ノエルは咄嗟に膝に乗せていた神獣様を私に隠すように胸に抱いた。その羽には微かに血が滲んでいる。
「け、怪我をされたのですかっ?」
「大したことはない。ダンテ、説明してやれ」
「はい。ネージュ様が去る際、目を覚まされた神獣様が突如発火いたしまして、鉄籠を溶かしネージュ様へ炎を吹かれました。そして……」
ダンテさんは淡々と説明するが、神獣様が誰かを傷付ける為に火を吹くなど考えられない。
「ネージュと争ったの? でも、神獣様はそんなこと……」
「はい。炎は威嚇でしょう。ネージュ様はローブでその身を守り無傷でした。そして、ネージュ様は、神獣様の気を逆撫でするように、クラルテ様が城におらず、まだ海上にいることをお伝えしたのです」
「それで雨の中、城を飛び出して、それを危険だと判断した兄者が、仲間の一人をぶん投げて神獣様を空中で捕縛させて、丘を転げ落ちた時に多少怪我をされたのだ」
確かに雨の中は危険だ。ネージュの判断は正しかったかもしれない。
「そんなことがあったのね。怪我が酷くないなら良かった。でも、魔力不足って、どうしたらいいの?」
「呪いの森の後もそうだったが、瞬間的に大きな魔力を放出してしまうと、回復に時間がかかるんだ。お前の部屋で寝かせた方がいいだろうな」
「私の部屋?」
「ああ。あの部屋は、巫女の魔力で満ちていて寝心地がいいからな」
「寝心地?」
「って神獣様が仰っていたんだ」
「じゃあ、私の部屋に」
両手を開いて伸ばすと、ノエルは神獣様を私に託してくれた。胸に抱いた神獣様はいつもよりもずっしりと重く、雨に打たれたせいか体が冷えていた。
いつも羽のように軽いのに、本当はこんなに重かったんだ。身体も、初めて会った時よりも随分と成長していて、大人になるまであと少しかもしれない。
「オレが運ぼうか?」
「いえ。大丈夫」
私は神獣様を抱えて部屋に戻り、止り木の横に置かれたクッションに寝かせようとしたら、神獣様がムクリと顔を上げた。
「キュピィ?」
「あっ。起こしてしまいましたか?」
「ピィピ」
神獣様は部屋をざっと見回すと、私を見上げて恐らくまた名前を読んでくれて、ベッドの方へと視線を伸ばした。
「向こうで休まれますか?」
「ピィ~」
赤いクッションをベッドの上に置いて、その上にまだ微睡んだ状態の神獣様を寝かせ、背中をゆっくりと撫でた。
神獣様は気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てた。
今は何時頃だろう。まだ昼過ぎくらいだとは思うのだけれど、神獣様の寝顔を見ていたら私まで眠くなってきた。
そういえば、カインさんとロイさんを部屋に残したままなのに。でも眠い。
ちょっとだけお昼寝と思って隣に寝転ぶと私はすぐに意識を手放してしまった。




