016 ルベライト
カインさんは私を見つけると、ホッと息を吐き怪我がないか尋ねてくれた。雅さんのことが心配だろうに、私のことも気にかけてくれるなんて申し訳なくて仕方なかった。
「カインさん。ごめんなさい。私、何もできなくて」
「アカリちゃんは何も悪くない。それより、お前は……」
「オレは神獣様の守り人だ。巫女を守る役目を担っている」
「そうか。アカリちゃんと二人で話がしたい。出ていってくれるか?」
「アカリ?」
私の名を口にしてノエルは不審そうな目を向けたので、私は咄嗟に嘘をついた。
「ぎ、偽名。知らない人には、偽名を使っているの」
「……ちっ。名前すら教えてもらってないような輩と、二人きりにさせるわけにはいかない」
「それはこっちの台詞だけどな」
カインさんがノエルを見下ろし、無言で睨み合う。
「カインさん。ノエルは信用できます。それより、ネージュが言っていたんです。来週のヴェルディエ王の生誕祭で、雅さんの処遇を発表するって」
「処遇だと?」
「ネージュの奴隷にするか、処……」
「処分するかどちらかだ」
カインさんの視線の圧に私が言葉を濁し、ノエルが代わりに答えると、カインさんはノエルの胸ぐらを掴んで壁に叩きつけ拳を振り上げた。
「てめぇっ!?」
「や、やめて。ノエルは、そんなこと望んで……」
カインさんの振り上げた拳を両手で握って何とか止めてノエルに助けを求めるも、ノエルは止めるでもなくどこか遠くに目を向けていた。
「オレは……どっちでもいい」
「は? やっぱ、てめぇっ」
「オレは、その本物の巫女がどんな奴か知らない。だから、言えることはない。だが、一つ忠告しておく。来週まで巫女の命は保証されている。ということは確かだ。それに、テニエは捕虜をぞんざいに扱うことは決してない」
これは忠告というのだろうか。
カインさんは落ち着きを取り戻し拳を下ろすとノエルから手を離した。
「今日、アレク達が帰ってくるはずだから、知恵を借りましょう。私は絶対に、雅さんを助けたいから」
「ああ。絶対だ」
カインさんが私の手を痛いほど握り返した時、指輪が赤い光を放った。それはポケットにしまっていた友好の証からも発せられた。
きっと、カインさんが神獣様の力を求めたから、顕現したんだ。指輪には四つ目の宝石、深い赤色のトルマリン――ルベライトが輝いていた。
「な、何だっ!?」
「カインさん。これが友好を育んだ時に生まれる光です。きっと、私とカインさんの目的が一緒だから輝いたんです」
「そっか。アカリちゃんも、俺と同じ気持ちなんだな。アカリちゃんなら信頼を置ける。一緒に酒のんで泣いた家族だからな」
「はい」
カインさんは、昨夜と同じ優しい笑顔を私に向けると、頭を撫でてくれた。そして私の身体に目を向けると、眉根を寄せた。
「船を浜につける。ひでぇ格好だから、メルの服を勝手に着とけ」
「メルさんは?」
「まだ寝てる。起きたのは俺くらいだ。細い兄ちゃんが面倒見てくれてるが、メルの着替え、頼んでいいか?」
「はい。分かりました」
カインさんは来た時と同じ様に、ドタドタと荒荒しく部屋を出て出航の準備を始めた。
カインさんが出て行った先を不満そうに見つめ、ノエルは乱れた襟元を直しながら言った。
「随分と気心の知れた仲のようだな」
「ノエル。私はメルさんを見てくるから、ロイさんのお手伝いをしてきて。それか、カインさん一人じゃ大変かしら」
「なぁ。それ、アイツの友好の証。赤みを帯びてる」
ノエルは私の言葉なんか聞いていなかった様子で、手に持ったままだったカインさんの友好の証を凝視していた。友好の証が色づいたという事は、友好度が最高値になったからだ。
「あっ。本当だわ。ゼクスと一緒」
「……オレは?」
「えっ?」
「オレのことも……信じて欲しい」
尻尾で揺れる友好の証は白銀色で、それを寂しげに見つめてノエルは言った。
信じてって言われても、私はノエルを信頼しているのに。
「私はノエルのこと、信じてるわ」
「嘘だっ。さっき、オレのこと疑っただろ。オレは兄者につくんじゃないかって。そりゃそうだよな。オレはテニエの者だし、兄者を尊敬してるし」
「ノエル」
「昨日は側にいることも出来なかった。今日だってお前を泣かせて困らせて……。こんな未熟者じゃ。守り人失格だ。――ははっ。どの口で信じてほしいなんて言ってるんだろうな……。悪い。忘れてくれ」
目に薄っすらと涙を浮かべたまま無理やり笑顔を作って言葉を吐き捨て、ノエルは部屋を出ていこうとしたから、私は咄嗟に尻尾を掴んで止めた。
「うおっ。な、何だよっ」
「ノエル。もう一度言うね。私はノエルを信じてるよ。友好の証が変わらないのは、きっとノエルが、ノエル自身を信じられてないからだと思う」
「オレが……オレ自身を?」
「そうだよ。ノエルはノエルなんだから、ネージュと違う気持ちを持っていいんだよ。多分ネージュも分かっていて、ノエルに守り人を託したんだから。自分の気持ちを大切にして」
ノエルは私が掴んでしまった尻尾を撫で、友好の証に視線を落とし小さな声で呟いた。
「オレは……お前の隣りにいたい。一人にさせたくない」
「ぇっ?」
「も、ももももちろんっ。神獣様のついでだからなっ。勘違いするなよっ」
口に出しているつもりは無かったのか、ノエルは慌てて口を手で塞いで強がってみせた。
「わ、分かってるわよ。弟のくせに生意気なんだから」
「あ、そっか……」
「ん?」
「何でもないっ。風邪引く前に着替えてこいっ」
急に真顔に戻って、ノエルは襟を正すと私を指さし、いつもの命令口調で指示をして部屋を出ていった。
「何よ。少しは心を開いてくれたのかと思ったのに」
それから隣の部屋へ行き、ロイさんに手伝ってもらいメルさんを私の背中に乗せた。兄ちゃ~と寝言が聞こえてきて、大事なさそうで安心した。
メルさんを藁の上に寝かせた時、ふと神獣の指輪が目に入った。
指輪には四つの宝石が輝いている。
でも、まだノエルのアメトリンは淡い光のまま。
彼はまだ、少しだけ猫を被ったままみたいだ。




