013 お出迎え
翌朝、まだ雨の降りしきる中、人目につかないように街から少し距離のある入江までカインさんに送ってもらうことになった。
時刻はまだ日の出前。空は分厚い灰色の雲に覆われ大きな雨粒で視界も悪く、隠密行動には丁度良いかもしれない。
アジトの周りの渦潮は、イルカ親衛隊の力ではなく自然のものらしい。ただし、一つだけ魔法の道具で起こした渦潮があるらしく、カイン達は魔法道具を無効化し、そのルートを通っているそうだ。
イルカ親衛隊が居ないことを知った時、雅さんもすごくショックを受けていたそうで、これから先に目指す海でイルカを必ず手懐けると、カインさんは誓ったそうだ。
だから、カインさんは私がイルカの話をした時、確信したらしい。私も異世界の人間だということを。
カインさん達の大きな海賊船で渦潮の海域を抜け、私とカインさんだけで小舟で浜まで向かうことになった。
だから、雅さんとはこれでお別れだ。
折角出会えて仲良く慣れたのにすごく残念だけれど、これでいいのだ。トルシュにいない方が安全なのだから。
「灯ちゃん。これあげる」
雅さんは私に、友好の証とスマホをくれた。
スマホは飛行機で見たものと同じ、キャプテン=カルロスのストラップ付きだ。
「でも」
「お守りよ。灯ちゃんの話を聞いていて、灯ちゃんは帰るべきだと思った。だから、無事に帰れるように。向こうの物を所持しておけば、繋がりが出来て、帰れる気がするでしょ? 電池はもう切れてるけどね」
「でも、カルロスのストラップは……」
「私にはカインがいるから」
「そうですね」
「悪役王女。頑張ってね」
「はい」
雅さんにギュッと抱きしめられた時、甲板の方からメルさんの声が響いた。
「そろそろ出ないと~。小舟の準備は出来たよ~」
「おう。日が昇る前に行くぞ。つっても、雨で暗いけどな。ローブ、しっかり被っとけよ。ってかそのドレス。絶対に濡れるけど良いのか? メルの服を借りればいいだろ?」
「神獣様が乾かしてくれたので、これがいいんです。お洋服、返せないだろうし」
「そうか。じゃあ行くぞ」
私は神獣様をローブで包み胸に抱いた。
雨にずっと濡れ続けるのは良くない。今の神獣様なら、雨粒が身体に触れる前に熱で蒸発されることも出来るかもしれないけれど、それだと移動中に発光して目立つし、体力も魔力も沢山消費させることになるだろうからと、雅さんと相談してこのスタイルで行くことにした。
カインさんに続いてフードを深く被り直して甲板に出ると、急に目の前で足を止めたカインさんの背中におでこをぶつけてしまった。
「ど、どうしました?」
「……くそっ。ミヤビ。船室へ戻れっ。メルっ船を出せ。アカリ。もう少し船旅を共にすることになりそうだ」
カインさんが私の手を引き船室へと踵を返すと、視界が開け前方が見えた。眼の前には大きな船が一隻、そして岩陰からも数隻の船が現れていた。
あの旗の色はテニエだ。
ノエルが母国に助けを求めたのか、それとも偶然か。
どちらにしろ、あんな大所帯でテニエの船を動かせるのはネージュだけだろう。
ここには雅さんがいる。胸騒ぎがして、カインさんに手を引かれ、甲板から逃れるように船室へ向かおうとすると、雨粒の音を割くようにして声が響いた。
「俺の婚約者が世話になったな」
振り返ると、甲板にネージュが立っていた。
その後ろ、船首の方からは、テニエの兵士達がゾロゾロと這い上がってきていた。何艘もの小舟が船横に着けられ、いつの間にか囲まれていたのだ。
「おぉ。テニエの奴等が朝っぱらからお出迎えとは驚いたな」
「お前達は人攫いとしてテニエで罰してやろう」
ネージュは真顔のままそう言い捨て、テニエの兵士に目配せすると、彼らは腰の短剣に手をかけた。
「ま、待ってください! ネージュ様、これを見てください。友好の証です。この方は友好の証をお持ちで、私がこれを持つに相応しいか試す為に、この船に招待してくださったのです!」
「試すだと? 婚約者がいるというのに、己の船に招いて友好関係を深めるに値する人物か試そうとした。ということか?」
「いえ。カインさんは、心に決めた方がいらっしゃるので、友好の証を放棄し、託すべき相手を探していたのです。――ネージュ様は私がどんな人間だと噂されているかご存知ですよね? 傲慢で高飛車で、自身の利益の為にしか行動しない人間だと。私の人となりを確かめるために、神獣様と共に船に招待してくださったのです」
ネージュは兵士達に剣を収めさせ、顎に手を添え暫し黙ると、私を見て微かに口角を上げた。
「要するに……庇い立てする理由がある。ということだな」
「違います。庇うとかではなくて、カインさんには何の罪も無いと言ってるんです!」
「お前の言い分は分かったが――」
ネージュはゆっくりと私の前まで歩み寄ると、繋がれたカインさんの手をはたき落とし、奪い返すように私を抱き寄せた。
「いつまで俺のものに触れているつもりだ?」
「あっ。わりぃ。甲板は揺れるから支えていただけだ。だが、そんぐらいで苛立つってことは、結構大切にしてんだな」
「ああ。大切にしている」
ネージュはカインさんを牽制すると、私から神獣様を取り上げ、後ろに控えた兵に渡し鉄の籠に入れさせた。そして顔を近づけると、耳元で囁いた。
「庇う理由は、そいつを拷問にでもかけて聞き出すとしよう」
「な、何でそんな事を――きゃぁっ」
ネージュは私の腰に手を回し軽々と横抱きにすると、テニエの兵達の間を割って歩き、船首へと向かった。私の方など一度も目を向けず、冷めた瞳は前だけを見据えている。
「お、下ろしてくださいっ」
「ご希望とあらば、降ろしてやるぞ」
船首の縁にネージュが足を掛け海面を見下ろすと、船を打ちつける荒波の飛沫が頬を掠めた。船首の下には小舟が控えている。
ネージュは光のない瞳で私を見下ろし、微笑んだ瞬間――私の身体はネージュから放たれ宙に投げ出された。




