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012 雨降る夜

 私の話を聞いて、一番に口を開いたのはカインさんだった。


「へー。異世界の巫女は世界から恨まれてんのか。俺の先祖は何っも気にしてねぇけどな。愛した女を守り抜いた。ってのに、自分が選ばれなかったからって未練タラタラとは、青臭ぇ連中だな」

「神獣様の御身を害したことは、私も納得できませんけどね」

「灯ちゃん。さすが神獣推し!」

「雅さんは……」

「私はキャプテン=カルロス推しだったけど、今は違うの」

「え? そうなんですか?」


 完全に出来上がった状態の雅さんは、ワインの瓶を抱きしめたまま微笑み、カインさんへ視線を伸ばした。


「今は……カインが一番」

「ぶほっ。急に、なっ。ごほっ」


 いくらお酒を飲んでも顔色の変わらなかったカインさんが一瞬で真っ赤になった。むせ返るカインさんを横目に、雅さんは私に耳打ちした。


「私は外国の人と結婚するのが夢だった。って言ったでしょ。過去形なんだからね」


 雅さんの夢は叶ったんだ。カインさんと出会って。


「ヴェルディエの神獣研究家の方に言われたんです。巫女を異世界に返すつもりだって。もしも、神獣様が傷付かずに元の世界に戻れる術があったとしたら」

「私は帰らない。私はカインとメルと、ここの乗組員のみんなと家族になったの。でも、もしもそんな事が出来るなら、灯りちゃんがやりなよ。私は会いたい人なんてもういないけど、弟にまた会えるんだよ? 向こうがどうなっているか分からないけど、心配してるかも」

「……ぁっ」


 燿がひとりで部屋にいる姿を想像してしまった。

 両親と同じ様に、私まで燿を置いて行ったんだ。


 メルさんがまた私をぎゅっとしてくれた。

 

「ぎゅってしちゃう。アカリちゃん、また泣きそうな顔になってる」

「ごめんなさい。私……」

「キュピピィ~」


 私の涙は神獣様が嘴で掬ってくれてシュワって蒸発した。


「えっ!? 神獣様の嘴って高温なの!?」

「キュピピ」


 メルさんが興味を示すと、神獣様は自慢気に答えている。   

 でも、さっき触れた時はただ温かかったから、調節できるだけなのかな。


「でも、まぁ。気をつけろよ。アカリが異世界から来た本物の巫女に認定されたら、テニエの奴は何をしてくるか分かんねぇんだろ?」

「それは、雅さんもです。もし本物の巫女にまつり上げられたら」

「私は大丈夫。明日にはトルシュから離れる。それに、もしもなにかあったとしても、カインが助けてくれるでしょ?」

「当たり前だ。ミヤビはこの俺が、命に変えても必ず守る」


 テーブルにドンっと拳をついて決意を固めるカインに、雅さんは笑って言った。


「やだぁ。何か変なフラグ立ってそうで怖い」

「フラグ?」

「フラグはフラグよね。灯ちゃん」

「はい」


 フラグがなんの意味をもつのか適当にはぐらかして、今日はお開きとなった。それから、私が異世界から召喚されたかもしれないことは、口外無用と言うことを皆で約束した。


 メルさんの部屋を借りて、私は神獣様とベッドに潜り込んだ。メルさんは雅さんの部屋で寝ると言っていた。


 今日は、この世界に来てから二番目に驚く人と出会った。一番はもちろん目の前にいる神獣様だけど、まさか飛行機でお隣さんだったツアー参加者に出会うなんて思ってもいなかった。

 ということは、何らかの形で私も召喚されたのだとしか考えられない。雅さんが考えてくれたみたいに、三つの仮説のどれかだとしたら……。


「キュピピ?」

「あ、今。灯って呼びましたか?」

「キュピィ」

「嬉しい。……やっぱり私は、灯って呼ばれたいです」

「キュピィピピ?」

「ん? 長い文ですね。うーん。こんな時、ノエルがいたら。……ノエル。今頃どうしてますかね? 守り人なのにって、屋根の上で丸くなって泣いてるかもしれませんね。いつも強がってるけど、結構打たれ弱いですから」

「ピィ~」


 そうだねって言ってくれた気がして、ノエルには悪いけれど、使い魔の仔猫ちゃんもいない二人だけの夜は、とても心地よかった。


 ◇◇◇◇


「へっくしゅん。くそっ」


 城の屋根の上から海を見つめて、どれくらいの時が経っただろうか。先程から土砂降りの雨が降り始め、強風でこの場に留まることも猫の姿では厳しくなってきた。


 兄者だったらどうしただろう。

 テニエなら大きな船がある。

 きっとすぐに手配して助けに行っただろう。


 オレはただ見ているだけ。何も出来ない無力な守り人。

 こんな奴が守り人だなんて、テニエの恥さらしだ。


「畜生っ。くそっ。オレじゃ、そばにいることも出来ないのかよっ」


 兄者なら。兄者だったら――。


 心の中で何度も縋るように兄の名を口にして、ふと顔をあげると、金色の瞳と目が合った。

 城の屋根の上に、不自然に浮かび上がる二つの光は、俺のよく知る垂れ耳の黒豹の瞳だった。


「あ、兄者……」


 兄者の使い魔が、俺の目の前に佇んでいた。




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