011 三つの仮説
魚やホタテを沢山食べつつ、カインさんとメルさんの武勇伝なんかを聞かされて、私は久々にアカリとして笑った。
雅さんは今年で二十九歳になる社畜商社マンだったそうだ。一年前、船の事故で両親を亡くし、同じく海で両親を亡くした設定のキャプテン=カルロスに共感し、彼を心の支えにして生きてたそうだ。
あのツアー前に会社を退社して、そのまま海外を渡り歩いて気に入った国に移住しようと計画していたらしい。
「外国の人と結婚して、その人の国に住むのが夢だったの」
「すごい。私は、弟を立派に育てなきゃってことで頭がいっぱいで、夢とか何にも考えたことがなくて」
「偉いな。灯ちゃんは」
雅さんにギュッと肩を抱かれ、頭をワシャワシャ撫でられる。雅さんは、意外と気さくで姉御肌タイプの女性で、自然と馴染めた。
「よしっ! 今日はお前らも好きなだけ飲め!」
お酒はカインさんだけが浴びるように飲んでいたのだけれど、その一言でメルさんとミヤビさんもジョッキを手にした。勿論私の分もある。
「あの、クラルテは一応未成年で。でも、私だからいいのかな」
「うーん。私は、こうして召喚されているわけだから、灯ちゃんはどうなのかな。そうね。……三つ、説を思いついたわ!」
「三つもですか?」
雅さんは、指を三本立て立ち上がると、皆の視線を一心に集めて解説を始めた。
「ええ。一つ目は、一番嫌な説ね! 灯ちゃんは召喚の時に身体を置いてきたか、失ってしまって、心だけ召喚した王女に乗り移った」
「おっ。死んでる説か」
「カイン。ストレートに言わないで」
「わりぃ。んで、二つ目は?」
「二つ目は、王女と衝突して、二人の身体が入れ替わっちゃった説!」
「えっ。じゃあ、中身が王女の私がどこかに?」
「そう。よくあるわよね! で、後もう一つあるわ。目の色しか変わっていないって言ってたでしょ。だから、ただ単に魔法で目の色だけ変えちゃったとか。そうだ。虫歯の治療痕とか、自分にしかない傷跡とか、そういうのはないの?」
「残念な事に無いです。でも、もしそうなら、やっぱり王女はどこかに?」
私が王女の存在に頭を悩ませていると、雅さんはお酒を片手に私にアドバイスしてくれた。
「王女はどうでもいいのよ。今はお酒が飲めるかどうかてしょ」
「あ、その為の検証だったんですか?」
「もちろん。だから私としては灯ちゃん自身だって結論に結びつけたいんだけど……」
雅さんが困ると、今までただ楽しんでいただけのカインが首をひねった。
「その、王女っていくつなんだ?」
「十九歳です」
「おっ。なら問題ない。この国は十五で成人。よし飲もう!」
「なんだぁ。無駄な考察いっぱいしちゃったじゃない。さぁさぁ、今日は飲もう!」
「キュピぃ~」
雅さんは無駄だと言ったけれど、私にとってはとても勉強になる考察だった。でも、それを熟考する間もなくジョッキにお酒が溢れるくらいに注がれてみんなで乾杯した。
雅さんは一杯飲んだだけで顔が真っ赤で、もう酔ってしまったのか私にピッタリとくっついてきた。
「わぁ~。灯ちゃん強いね~」
「私、ザルなんです」
「はっはっはっ。それはほら、あれだな! 設定盛々って奴だな!」
「そうですか? どこでそんな言葉を……」
「そりゃあ俺のミヤビが教えてくれたんだ。なぁ!?」
「ええ。もちろん」
カインさんは意味を分かって使っているのか謎だけれど、そんな言葉を知っているということは、雅さんと色々な話を重ねてきたことが窺える。私は友好の証で好感度が分かっているつもりでいたけれど、二人の間にはそれを簡単に凌駕する繋がりを感じた。
雅さんが、本当の自分のままにカインさんと仲良くなったことを思うと、クラルテとして愛され王女を目指して演じてきた自分は、結局画面越しにキャラを攻略していた時と、大して変わらないのではないだろうかと思えた。
少しだけ寂しさを覚え、注がれたお酒を一気に飲み干すと、カインさんは言った。
「そうだ。アカリも行くか? 俺たちと一緒に、まだ見ぬ海の先へ」
「ふふっ。私は行きません。私は神獣様が推しですから。私の幸せも存在も神獣様と共にです」
「そうか。そういや、本物の巫女がどうこう言ってたよな?」
「あっ! そうなんです。私は代理で――」
私はこれまでのことを三人に話した。
弟が毒舌王子で、妹に毒を盛られそうになって、婚約者は孤高の支配者的な垂れ耳猫王子で、守り人はツンデレ仔猫系男子。宮廷魔道士は森を呪い、その息子は優しくて甘々だということを。
そして本物の巫女は抹殺対象であることがこの世界の通説であるらしいことも。




