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010 お隣さん

「やっぱ知り合いなのか?」

「いいえ。さっきも言ったけれど、知らない人よ」


 女性はカインの言葉を否定し、彼に手招かれて隣の椅子へと腰を下ろし、私を訝しげに見つめていた。

 知らないって言われたけど、私は知っている。

 彼女は私と同じ飛行機に乗っていたツアー参加者の一人で、私の席のお隣さんだった人だ。

 推しはキャプテン=カルロス。

 それ以外はなんにも知らないけど。


「あ、あの。お隣さんでしたよね? 飛行機で……。ほら、あの。火山が噴火して、スマホの画面見せてくれたじゃないですか!?」


 お隣さんは眉をひそめると、カインに助けを求めるように手を伸ばした。


「……。カイン。彼女はトルシュの王女なのでしょう? 彼女は危険よ。ゲームの中で一番救いようのない悪役だったわ」

「へぇ~。面倒な奴が巫女になったもんだな?」

「ええ。きっとトルシュは終わりよ。ここにいてはいけないわ。こんな人さっさと降ろして、遠いところへ行きましょう?」

「だが、いいのか? 飛行機だのスマホだの、ミヤビしか知らない言葉を、こいつも知っているみたいだぞ」

「そうね。もしかしたら、巫女を召喚する時に異世界に干渉して、知識を得た。とか? それとも、大昔の巫女の血を引いていると言っていたから、その巫女から得た知識。とか?」

「なるほどな。じゃ、嵐が過ぎたらここを出よう。お前は浜辺近くへ置いていく」


 あっと言う間に二人で結論を導き出して、私は置き去りにされることが決定した。

 いやいや。それじゃ駄目だ。まだまだ聞きたいことが山ほどあるのに。


「えっ。でも、えー。駄目だ。色んなことが起こって何から考えていいのか分からないんですけど。ぇっと、ミヤビさん……は、『トルシュの灯』のツアー参加者でしたよね? どうしてここにいるのか、それは分かっているんですか? 私は、目が覚めたら城のベッドで寝ていて、何故かドレスを着てトルシュの王女だって言われて、何も分からなくて。ほんっとうに覚えていませんか? 私のこと」

「……。髪は黒いけれど、瞳は空色。隣の席の子は、貴女に似ていると言われたら似ているかもしれないけれど、違うと思うわ」

「そうなんです。鏡で見たら、瞳の色が違うんです。でも、他はまんま私なんです。流行りの異世界転生しちゃったのかな。とか、色々考えたんですけど、王女の記憶はないし、私は私であったことしか覚えていないんです。でも、推しが……推しの神獣様が卵からかえって」

「キュピィ~」

「今も頭の上で可愛すぎるんです! それからはもう考えても分からないことは考えるのを止めて、神獣様を成長を第一に、推しに殺される未来なんて嫌だから、必死に愛され王女を目指してて。そしたらミヤビさんに会えて、私は何がなんだか……」


 一気に話したら酸素不足で頭はクラクラするし、急に足の力が抜けて、その場に崩れそうになった。

 メルさんが素早く椅子を用意してくれて、神獣様が私のローブを引っ張ってそこへ座らせてくれたのでぶっ倒れはしなかったけど。


 ミヤビさんは、カインにコソッと耳打ちしてから、私に目を向けた。


「……私は目が覚めた時、この船にいたわ。それしか分からない。――でも、カインが私を見つける前に、流れ星を見たそうよ」

「ああ。俺は真っ昼間に落ちる光る星を見たんだ。それは山の上で二つに別れて、一つは山に落ちてコリーヌ山が噴火した。んで。もう一つは海に落ちて、気になって船を出したら浜辺にミヤビが倒れていた。見たこともないような服を着てな」

「星が二つ。だったら、一つがミヤビさんで、もう一つは私?」

「さぁ? 私、召喚された後、一週間ほど高熱で寝込んでいたの。カインとメルが介抱してくれて、目覚めてからここがどこなのか知った。初めは自分が巫女として召喚されたのかと思ったけど。カインがトルシュに行った時に聞いたの。神獣様と巫女様が呪いの森に入ったって。だから、巫女は別にいるんだって知って、私は、ただ召喚に巻き込まれたモブかなって。その方が、私にとっても都合が良かったから嬉しかったけど」

「ああ。ありますよね。クラスみんな召喚されちゃった話とか」

「そうそう。まさか自分が……なんて思って」


 言いながらクスッとミヤビさんは微笑んだ。

 柔らかい笑みに私の心がホッと綻んだ時、ミヤビさんと視線が交わった。


「私、五十嵐いがらし雅。貴女は?」

「私は――」


 名前を言おうとしたら、神獣様が机に降り立ち、私をじーっと見つめた。まるで、私が本当の名前を口にする時を、ずっと待っていたかのような瞳で。


「ぅ、羽咲灯……です。あっ、ごめんなさい。私の名前……なんだけど、私は……」


 悪役王女だから、誰かに自分が思う自分の名前を口にする時なんて来ないと思っていたのに、本当の私を見つけてもらえたみたいで嬉しくて涙が出た。


「泣いていいよ! アカリ、寂しかったね。もう一人じゃないよ。私達がいるからね! ずっとここにいればいいよ。私達はちゃんとアカリって呼ぶよ。王女さまでも巫女さまでも無くていいんだよっ」 

「メルさん……」


 メルさんが泣きながら抱きついてきて、優しい言葉にまた涙が出た。


「アカリ!」

「はいっ!?」

「いいから飯でも食え。腹減ってんだろ?」


 カインさんはテーブルの上の一番大きな魚が乗ったお皿を突き出し、雅さんにお酒を持ってくるように声をかけた。


「はい。いただきます」


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