009 アジト
「――さ~ん。み、こ、さぁ~ん」
頬をパチパチと叩かれ、少女の呼び声で私は目を覚ました。
指を動かすと乾燥した藁に触れ、私はふかふかの藁の上に寝かされていることに気が付いた。全身はぐっしょりと濡れていて身体が重い。でも不思議と寒くはなくて、ここは温かかった。
海賊のアジトに着いたのだろうか。重い瞼を開くと、ユラユラ揺れる暖かなオレンジ色の灯りが、神獣様に見えた。
「神獣……様」
「キュピピィ?」
幻聴かな。神獣様の鳴き声がして、続いて少女の声がした。
「この子、本当に神獣様なんだ」
「し、神獣様っ!?」
飛び起きると目の前に神獣様がいらっしゃって、その隣に赤い髪をポニーテールにした女の子がいた。
ノエルと同じくらいの年に見える女の子は、私と目が合うと親し気な笑みを向けた。
「おはよう。巫女さん。ごめんね。ベッドが濡れちゃうから、床で寝かせちゃって。ここは私の部屋。あ、私はメル。メルって呼んでね。そうそう! これが着替えだから、自分で着替えられるかな? 巫女さんが起きたこと、兄ちゃに伝えてくるから、ちょっと待っててね! 今の説明で、分からないこととかあったかな?」
物凄い勢いで言葉を連ねて、女の子は私に同意を求めた。
多分、兄ちゃと言うのはカインのことだろう。髪色も目元もそっくりだし、この子はカインの妹で、私の面倒を見てくれていたのだろう。
神獣様へと目を向けると、私を安心させるように小さく頷いてくれた。
「あ、ありがとう。大丈夫よ」
「じゃ、行ってくるね!」
メルさんがパタパタと部屋を飛び出していくと、神獣様はピョンとひと跳ねして私の隣に来ると嘴を頬に擦り寄せた。
「神獣様。いらしてくださったのですか?」
「キュピ」
すべすべの嘴をさすって、温かな体を抱きしめた。
こんなところまで、私のために来てくださるなんて。
「神獣様、ノエルも一緒ですか?」
「キュピ~」
神獣様は首を横に振ると、メルが用意してくれた服を嘴でつつき、くるっと背中を向けた。
風邪を引くから着替えてね。と、背中で語られています。
なんと紳士的なのでしょう。子どもらしかった神獣様は、いつの間にか成長して紳士になられていました。
私は神獣様の神々しい尾羽を見つめながら、手早く衣服を脱ぎ短パンを履き、綿素材のシャツと麻でできた固い上着を被った。久しぶりのラフな格好に和んでいると、神獣様が壁にかけてあったローブを掴み、私にかけてくれた。
「ありがとうございます」
「キュピ、ピィ」
灯は私が守るよ。
そう言われた気がした。完全に妄想だけどね。
神獣様の優しさに胸がほっこりして、すっかり自分の置かれた状況を忘れていたけれど、廊下をパタパタと駆ける小さな足音を聞いて、ふと我に返った。
「そうだわ。ここに本物の巫女がいるかもしれないんです」
「キュピ?」
首を傾げる神獣様の後ろで、ノックもなく扉が勢いよく開き、メルさんが顔を出した。
「巫女さん、歩けますか? 兄ちゃの部屋に食事を用意してあるんだけど。無理なら兄ちゃ呼んでくるよ! 担いでってもらうから」
「大丈夫です。自分で歩けます」
「そっか。じゃあ、付いてきて」
メルの後を追って、私は船室を出た。
廊下の窓からは、星明りの美しい夜空が見えた。
「あっちは晴れてるけどさ。これから嵐が来るよ。船揺れるけど、巫女さんは平気?」
「多分大丈夫……。船には乗ったことがなくて、分からないけれど」
「そっか。もし具合悪くなったりしたら、誰でもいいから声かけてね。多分、兄ちゃが無理に連れてきちゃったんだろうけどさ、兄ちゃが巫女さんはお客様だって言ってたから、巫女さんもそのつもりで、ゆっくりしてね」
「ええ。ありがとう。メルさんは、カインさんの妹さんなのかしら?」
「うん! 兄ちゃはね。この船の船長だよ。ワカメ採ったり、魚釣ったりして、近くの港に売りに行くお仕事してるの」
「あら。海賊ではないの?」
「あははっ。海賊って港を襲って盗んだり奪ったりする人たちのことだよね? 私達は違うよ。大昔の海賊がアジトにしてた洞窟島に住んでるってだけで、ただの漁師みたいな感じだよ」
「そうなのね」
キャプテン=カインと名乗ってはいたけれど、やはり漁師のようだ。
結構『トルシュの灯』と設定が違う。時代の流れのせいなのか。でも、元々魔族だって千年も前からいないのだから、『トルシュの灯』の時代は、今から千年前くらいなのかもしれない。
「ねぇ。ここに私の他にもお客様はいるの? 最近船に乗った方とか」
「他のお客さんはいないよ。家族しかいない」
「そう……」
「ここ兄ちゃの部屋。――巫女さん連れてきたよっ。入るよ~」
突き当りの部屋の前でそう叫ぶと、メルさんは返事も待たずに扉を開き、私を中へと引き入れた。
室内は映画で見た海賊の船長のような部屋で、キャプテンハットにマント、壁には海図が掛けられていた。カインは食卓に腰を下ろしていて、私を見ると目を丸くしていた。
「おっ。着替えたのか。ローブなんか着て暑くねぇか?」
「これは……」
多分、薄着だからと気遣ってくださった神獣様の優しさローブだ。少し暑いけれど、このままにしておこう。神獣様は私の頭の上で丸くなって寛いでいた。
「失礼します」
「あっ。ミーヤン。ありがとう! 一緒に食べよ~」
メルは盆を運んできてくれた女性からカップとポットを受け取ると、その女性の手を取り食事に誘っていた。
その女性は黒髪ショートのきれいな人で、どこかで見た顔で――。
「あ……えっ。貴女……。お、おおおお隣さんっ!?」




