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002 トルシュの人々

「今の姉様は、そんなこと思っていません。街の復興の為、城を開放することも約束してくださいました!」

「はい。私も街の復興の為、神獣様と尽力いたします。どうぞよろしくお願い致します」


 アレクの視線に応え、私も出来得る限り笑顔を保って語りかけたけれど、皆の視線は氷のように冷たいままで、胸の奥がズキッと傷んだ。


「白々しい。――アレク様っ!? クラルテ様に強要されてその様に仰っているのでしょう?」

「何が狙いが分かりませんが、私達の前には現れないでください」

「きっと私達が運んできた物資を根こそぎ自分の物にするつもりだなっ」


 一人が罵ると、次から次へと言葉が溢れてきた。

 

 私は存在するだけで罪になるのだ。

 ただの穀潰しだと伯母に罵られた日々を思い出した。


 私が暴言を浴びていると、庇うようにレナーテが前へと出た。


「皆様! 落ち着いてくださいませ。姉は本当に心を入れ替えたのです。それに、まだ先になりますが、テニエに嫁ぐことも決まっております」

「レナーテ様っ。クラルテ様はどうせ嫁ぐ前にトンズラするに決まっています」

「いいえ。姉は人が変わったように、神獣様の成長の為に尽力されています。数日だけでも一緒に過ごしていただければ……」 

「そうか! 神獣様を成長させて、昔の巫女のように、異世界にでも逃げる気なのだな!?」

「何と恐ろしいっ」


 レナーテが加勢するも火に油を注ぐ様で、皆の心がどんどんと離れていく。

 そんな寒々しい空気に、一石を投じたのは神獣様だった。

  

「キュピピィ!」


 甲高い鳴き声に驚いた人々が、降りてきた船の方へとたじろくと、神獣様は羽根をはためかせて力強くもうひと鳴きされた。

 人々は何が起こったのか呆然とし、ノエルは神獣様に視線を伸ばしたまま驚いて固まっていた。


「ノエル殿?」

「な、何だ?」


 アレクの呼びかけに慌てて返事をしたノエルを見て、人々歯更に不信感を高めていた。


「何だっ、その反応はっ!? もしや。テニエは良からぬことを考えているのだな。神獣様を連れ去るつもりか!」

「いや。テニエは、そんなことはしない。神獣様の御心のまま……生誕された場所で祀られることを、第一に考えている」

「何だかはっきりしない物言いだな。私らはそこの王女とテニエは信用しない! そう決めたからな!」


 おじさんは私に指を突き立て憎々しい親の仇でも見るかの目で睨んだ。

 私は悪役王女。神獣様の隣りにいて、忘れかけていたけれど、その設定はこの世界の皆が知っている。

 レナーテは顔をうつむかせ泣いてるように見せかけ、私にだけ見えるように密かに笑っていた。


 私はこの場にいて良いのか。アレクは私をチラリと見て、また人々の説得を試みようとした時、人だかりから一人の若い男性が前へと出た。

 肩まで伸びた金髪を後ろで雑に結い簡素な旅人風の服を着た青年は、眼鏡が反射し、その表情は窺えない。


「まぁまぁ。落ち着いてください。この晴れた空の下、何をそんなにいがみ合うことがあるのでしょうか?」

「お前は……誰だったか?」 


 おじさんはその青年を二度見して尋ねると、大きな荷物を背負い本を手にした青年は分厚い眼鏡を鼻にかけ直し、皆に笑顔を向けた。


「わたしは、ヴェルディエから参りました。神獣研究家のロイと申します」

「ああっ。そうだ。神獣様が降臨されたと噂が立ち、商船に載せてやっていた若造だ」

「あら? 下働きのお手伝いさんじゃなかったの?」

「やだぁ。毎日雑用ばっかり頼んでいたわ。学者さんならそう言っていただけたら良かったのに」 

「乗せていただいたのですから、それなりにお手伝いさせていただいただけですよ」


 青年がおば様方に微笑むと、色めきだった声が群衆から湧き、さっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘のように場の空気が和み、アレクはこれは好機と見たのか、よしっと呟き息を大きく吸い込み声を張り上げた。


「そうです。ロイ殿の言う通りだ。この空を取り戻したのは、神獣様と姉様の活躍によるもの。今は信じられないままでいいんです。そのままの瞳で姉様を見張っていてください。いがみ合っている場合ではありません。皆さんの力がトルシュに必要なのです」

「アレク様がそこまで言うなら」

「そうね。街の為だもの」 

「寝所は城に用意してあります。こちらへどうぞ」


 アレクが私にこの場に残るようにと手で合図をし、人々を引き連れ城へ向かって行くと、背中をトンッと叩かれた。


「おい。大丈夫か?」

「ノエル……。ごめんなさい。貴方まで後ろ指を指されてしまって。神獣様も……」

「キュピィ!」

「別に気にしてない。神獣様も同じだと仰っている」


「おおっ。流石テニエの守り人様。神獣様のお言葉が分かるのですね?」


 私とノエルに割って入ってきた声の主は、先程場を和ませてくれたロイさんだった。興味深そうに神獣様とノエルを見やり、好意的な態度に体の緊張が溶けていくのを感じた。


「お前……神獣研究家とか言ってたやつだな」

「はい。ロイと申します。クラルテ様。これからよろしくお願いいたします」

「ええ。貴方のお陰で場が収まったわ。ありがとう」

「ほぉ。失礼ですが、貴女は本当にクラルテ王女ですか?」

「へ?」

「記憶がないとのことですが、本当は異界での少女の記憶はお持ちなのでは? 貴女は本当はこの世界に召喚された神獣の巫女様なのではないですか?」





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