001 帰還
城へ戻ると、アレクとダンテさん、それから城に残った使用人全員で私達の帰還を迎え入れてくれた。
アレクはゼクスの存在に驚き、執務室へと皆を案内し説明を求めると、ノエルがひと通り事の顛末を話してくれた。そしてノエルは話し終えると直ぐに、神獣様がご所望とのことでオリーブ畑へ出て行った。
アレクはゼクスを物珍しそうに見据えた後、口を開いた。
「ゼロフィルドの息子……。君はいくつなのだ?」
「私は二十歳になります。何年氷漬けになっていたかは分からないのですが……」
「先代の巫女が事を起こしてから今年で五十年になる」
「成程。でしたら、私は二十五年程、氷漬けだったようです。アレク様。こんな私ですが、宮廷魔導師として仕えさせていただけませんでしょうか。国王陛下に許可をいただきたいのですが、どちらですか?」
「国王陛下ですって!」
私はゼクスの言葉につい声を上げてしまった。そう言えば、アレクは王子なのだから、国王がいるはずだ。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
ゼクスは急に声を上げた私を不思議そうに眺めて尋ねた。
「クラルテ様?」
「失礼しました。国王様にお会いしたことがなかったことに気が付きまして……」
「えっ?」
呆けたゼクスにアレクは、私が記憶喪失であることを説明し、国王は病気の療養のため、ヴェルディエにいることを教えてくれた。『トルシュの灯』でも、国王は病弱で完全なモブだったので、すっかりその存在すら忘れていた。
この世界では自分の親なのに、何と親不孝な娘なのだろう。
「姉様。顔色が優れませんよ。少しお休みになってはいかがですか? 午後には船が着く予定ですから」
「船?」
「ヴェルディエからの定期便です。乗船者の半数は、以前トルシュにいた者達です。今日から船を降り、街の復興に尽力してくれる予定です」
「街の人々が戻ってくるのね!」
「はい。嬉しいのですか?」
アレクは苦笑いだった。確かに、あの寂れた街を見たら皆悲しむだろう。手放しに喜んでいい話ではないのだ。
「ええ。あ、でも。家具はだいぶ傷んでいたし、大変よね。しばらくは城を開放するのかしら?」
「…………そのつもりですが。はぁ。……やはりその顔で民の心配をされると身構えてしまいます。姉様だったら、城へ民を入れることを嫌がりますから」
「あっ。それでそんな顔していたのね。私はそんなこと言わないわ。街の人達とも仲良くなりたいもの」
「それは……難しいと思いますよ。近隣諸国まで轟く姉様の噂を国民が知らないとでも? 覚悟しておいたほうがいいですよ」
アレクの苦言にため息混じりに肩を落とすと、ゼクスは私の顔を覗き込み、笑顔を向けた。
「今のクラルテ様をご覧になれば、その人となりは皆に伝わるでしょう。大丈夫ですよ」
「ありがとう」
「ぅわー。ゼクスにはそう見えるんですね~。……でもそうか。何も知らない人には、それなりに姫っぽく映るかもしれません。子ども達中心に仲良くなってみたら良いかもしれませんね」
今の姉様。小さい動物とか好きみたいだし。でもやっぱりなぁ。とアレクが葛藤を続けていると、ノックの音が室内に響いた。
「失礼致します。定期便が沖合に確認されたとの報告を受けました。いかがなさいますか?」
「私が行こう。レナーテにも声をかけてくれ」
「あの。私は?」
知らせには即答だったアレクは、私の質問には口を噤んだ。そしてゼクスの許しを請うような眼差しに折れたのか、
「……行きますか。国民へ、神獣の巫女として姉様が活躍されたことを伝えれば、少しは変わるかもしれませんし。――ひと先ず、何も話さずニコニコと僕の後ろに突っ立っててくださいね」
ネージュ=テニエの時と同じ条件を突きつけられ、私達はオリーブ畑へ神獣様を迎えに行った後、アレクとレナーテと船着き場へ行くことになったのだけれど、レナーテのことをすっかり忘れていた。
オリーブ畑で合流したノエルと顔を合わせてから、二人の間では無言の睨み合いが始まり、険悪な雰囲気が続いている。
ということは、レナーテが私をハメようとしていたことが事実だということになる。さて、これからどうレナーテと向き合っていくべきか。
そんな事を悶々と考えている内に、大きな船は船着き場に到着し人々が降りてきていた。
「あ、アレク様だ!」
「レナーテ様もっ。お久しゅうございます」
「これが神獣様……。ひぃっ!?」
喜び微笑んでいた人々は、何故か神獣様を視界に入れると顔色を悪くさせた。その場に立ち止まりヒソヒソとこちらへ聞こえないように小声で会話し、助けを求めるような視線をアレクへ向ける。
アレクはその視線に応えるようにして、右手を高々と上げた。
「皆さん。落ち着いてください。姉様は、神獣様を召喚された反動で記憶を失い、今や誰よりもトルシュの平和に尽力されておられます。神獣の巫女として、トルシュの黒雲を打ち払ったのは、姉様とそちらのテニエからいらした神獣の守り人のお力添えによるものなのです!」
アレクの言葉を受け、皆は冷たい視線を私へと向けたまま静まり返った。
皆が怯えているのは紛れもなく私に対してだ。私は、皆の不安を払拭すべく、精一杯の笑顔を向けたのだけれど、人々は不安げな面持ちで互いを見やった後、一番年長の方が前へと足を進め、アレクへと進言した。
「アレク様。これは一体どう言葉を返してよいか……」
「ミッド爺。はっきり言ったほうがいいわ。クラルテ王女。私達は貴方の力など必要ありません! 神獣様を盾に従わせようとしても無駄ですからね!」




