015 炎の後(ゼクス視点あり)
辺り一面、焼け野原だった。
森は消え去り、焦げた大地から所々煙が上がり、空の暗雲は消えたはずなのに、灰白い煙で視界が悪かった。
行きと違い、帰りはゼクスが増えたので歩いて戻ろうとしたら、ノエルが口笛で宿に残した馬を呼んでくれた。馬が無事だということは、神獣様の炎は呪われた木々のみ焼き尽くしたのだろうと、ゼクスは推察していた。
陽が落ちた時、昨夜泊まった宿の前へ着いた。
街は月明かりに照らされ、白い壁が美しく映えていた。
ただ、植物は一切存在せず、全て焼き尽くされたことが窺えた。ゼクスの推察は正しかったのだろう。
神獣様はあれからずっとお休み中だ。
火の手が収まると、焦げた大地の上で神獣様はねむっていた。相当力を消費したのだろうけれど、それは私も同じだった。口には出さなかったけれど、手綱を握る手はプルプル震えるし足もフラフラで限界が近い。
「お前、役に立たないから座って待ってろ。神獣様のこと、ちゃんと見てろよ」
宿につくと、私は食堂の椅子に座らされた。神獣様はテーブルの上でスヤスヤと眠ったままだ。
ノエルは厨房へゼクスを連れて行き、二人は慣れた手付きで夕食の支度をしている。
「私、テントの用意をしてくるわ」
「後でオレがやる。どうせ下手くそなんだから座ってろ」
「そんな言い方しなくても……」
一度立ってまた座ると、何だかすごく眠くなってきた。
私はベーコンを焼く香りを味わいながら、そのままテーブルに顔を預けた。
◇◇◇◇
クラルテ様は、机に伏せたまま眠っていた。
ノエルに強引に起こされると、額に真っ赤なテーブル跡を付けたまま夕食を召し上がり、その途中で何度も眠ってしまいそうになっていた。
なんと可愛らしい人なのだろうか。
しかし、巫女は異界の乙女だと聞いていたが、どうしてトルシュの王女が巫女を務めているのだろう。
あの時は聞き流してしまったが、ノエルは巫女代理と言っていた気がした。
そして、食べながら頭をもたげ、王女がスープに顔面を突っ込みそうになった時、ノエルは王女の額に手を添え寸でのところで止めていた。
この二人はきっと長い付き合いなのだろう。
私もこんな主従関係になりたいと羨ましく思った。
「セーフ。こりゃ駄目だな。ちょっとテント建ててくる。こいつ見ておいてくれ」
「ああ。分かった」
ノエルが適当に王女の顔をテーブルに置いたので、寝心地が悪いのか、小さく唸りながら王女は頭を揺らしていた。
「クラルテ様?」
「……ん獣さまぁ」
「神獣様は、もう寝てらっしゃいますよ?」
「んー……」
「起きそうにはないですね。失礼します」
そろそろテントを張れたかと思い、王女を椅子から抱き上げようとしたが、疲労の為か腕の力だけでは難しかった。
いや。元々そんなに腕力には自信がなかったかもしれない。さっきは抱き上げられたが、火事場の馬鹿力だったのだろう。
「おい!? そいつに触れるな。オレが運ぶ。あっ、皿の片付け頼んでもいいか? 外で放っておけないから」
「はい。お任せください」
ノエルはテーブルで寝ていた神獣様を頭の上に乗せ、王女を背負うと外へ行ってしまった。
「私も体を鍛えないとだな。しかし、あれから何年だったのだろうか」
呪いの侵食は街まで進んでいた。私が封じようとした時の倍くらいに侵食された土地が増えている。
「単純に考えれば二十数年といったところか……」
あの二人が生まれる前から、自分は氷漬けになっていた可能性が高い。巫女と出会えたことは、氷漬けになっていなければ成し得なかったことかもしれない。
食器を片付けテントへ行くとノエルは、テントの隣で寝転んでいた。
「ゼクス。こっちのテントな。身体、大丈夫なのか?」
「ああ。筋力は落ちているようだが、他は特に」
「そうか。この辺、オレが見張りしとくから、ゆっくり休めよ」
「ああ。ありがとう」
ノエルは、きっと私の身体を気遣ってくれているのだろう。彼は周りのことをよく見ている。私の身体は、封じの氷に覆われたあの頃のまま、時が止まっていたようだった。
テントに入ると、微かな魔力の動きを外から感じた。
ノエルに尋ねようとしたが、彼は外にはいなかった。
近くを見回ってきてくれているのだろうか。
ずっと寝ていたはずなのに、見上げた空の優しい月明かりに欠伸が溢れた。
誰もいない街。人々はどこへ行ったのだろう。
これは全て自分の父が犯した罪によるものだ。
私はこの街を復興させなければならない。
それが呪いを解いてくれた巫女様と神獣様に対する恩返しであり、国民への償いになることを信じて。




