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014 宮廷魔導師と王女(ノエル視点あり)

 『トルシュの灯』の悪役王女は、神獣の業火に焼かれて死ぬ運命がある。

 赤い業火に包まれて、真っ先にそのイベントスチルが脳裏をよぎった。


 そんな未来は絶対に嫌。私は、神獣様の隣にいたくて、愛され王女を目指していた筈なのに、こんな終わり方は絶対に嫌。


 固く目を閉じ、神獣様のことだけを考えた。

 この炎は神獣様の炎。それも浄火の炎だ。

 呪いを解く時に使うものだから、きっと大丈夫。


 ほら、痛くない。熱いけれど、身を焦がすほどの熱さは感じなくて、身体を縛るように纏わりついたミランダさんを振り払い、私は地面に崩れ落ちた。

 木が燃える焦げた匂いに包まれて、自分自身も炭になってしまうのではないかという恐怖が頭を過ぎる。  

 だんだんと息が苦しくなり、このままでは不味いと思い右も左もわからぬまま手を伸ばし地面を這うようにして進むと、何かが身体に覆い被さり、抱き上げられた様な浮遊感に見舞われた。


「行かせない――」


 ミラルダさんの声が耳を掠め、このまま囚われていては危険だと判断し、身を捩り抵抗すると、別の声が耳に届いた。


「巫女……様。動かないで……」

「ゼク……ス?」


 瞼を開く力も残っていなくて何も見えないけれど、私を抱きしめる手はゼクスのものだと気付き、私はそこで意識を手放してしまった。


 ◇◇◇◇


 ミランダの出現で腰が引けていたオレを簡単に通り越して、ゼクスは呪文を唱えながらローブを脱ぎ、炎の中へと飛び込んでいった。

 そしてすぐにローブでぐるぐる巻きにした巫女を抱き上げ炎から舞い戻ってきた。

 この炎は呪いを焼き尽くすもの。巫女やゼクスを焼き尽くすことはない。しかし、熱さは本物だし、呼吸もままならないはずだ。全身に水の気を纏っていたとはいえ、そこら中焦げだらけのゼクスは、巫女を抱きしめたままその場に座り込んだ。


「おいっ。大丈夫か!?」

「はい。すみません。巫女様を危険な目に……」


 ゼクスはローブを脱がし、巫女の衣服に手をかけた。


「ちょっ……と待て待て。何してる?」

「衣服を緩めないと。呼吸が苦しいはずです」

「いや。こいつはこれでもトルシュの王女だし、取り敢えず起こそう。おいっ。クラルテっ!? 起きろっ」

「んっ……。ゼクス?」


 起こしたのはオレなのに、巫女はゼクスの名を呼んだ。

 なんか、ムカついた。


「良かった。クラルテ……様?」

「ありがとう。助けてくれて。これで、おあいこだね」

「いえ。おあいこなど滅相もございません。私の母が……」

「ゼクスは何も悪くないわ。それにミラルドさんも。呪いの気に当てられて、自分を見失ってしまっただけだわ」


 恐怖で震えながらもゼクスにかける言葉は、王女の威厳を感じさせた。普段は王女らしさの欠片もないくせに。

 

「何と慈悲深いお言葉でしょうか。どうか私を宮廷魔導師としてクラルテ様に仕えさせてくださいませんか?」

「宮廷魔導師?」

「はい。お恥ずかしい話ですが、私はひと目見た瞬間、巫女様に心を奪われてしまいました。ですが、それは王女であるクラルテ様にとっても迷惑でしかないでしょう。そして、母も望まないでしょう。ですから、宮廷魔導師としてお側においていただけませんか?」

「え…………」


 ゼクスの腕の中で、巫女の顔が一瞬で紅く染まった。

 オレは何を見せられているんだ。さっきも部屋の中で良い雰囲気醸し出しやがってこいつら一回締めとかないと駄目だな。


「おい。お前には婚約者がいるだろ。ほぼ平民相手に顔を紅くするな! それからお前。こいつは俺の兄の婚約者だ。覚えておけ。それに、どうせ他の人間を見たことも無いんだろ? こんな奴より良い女は腐るほどいるからな。見誤るな!」

「の、ノエル! そうかもしれないけれど、ちょっと言い過ぎよっ。ぜ、ゼクスも、多分ほら、吊り橋効果って奴だから、一時の感情は忘れてしまいましょう」

「私がお側に使えることはご迷惑でしょうか? トルシュの為に、国の復興を是非お手伝いさせてください。私の心は二度と口にいたしませんので」

「え、えー………………」


 巫女が一丁前に悩み頭を抱えた時、ぎゅるる~と巫女の腹が強引に会話に入ってきた。赤面して踞る巫女に、オレは笑いが堪えられなかった。


「くっ。はははっ! 腹で返事すんなよっ」

「違うわっ。返事してないからっ」

「今のは……了承を得たということで良いでしょうか?」


 真面目な顔でゼクスが尋ねて、オレは更に笑い転げて、巫女は暫く踞ったままだった。


 結局、巫女はゼクスを宮廷魔導師として迎え入れることを約束した。

 ゼクスは友好の証を持っているのだし、その判断は正しい。正しいのだが、どうも腑に落ちない。

 ゼクスが隣を歩くだけで、全身の毛が逆立つ。

 この感覚は何なのだろうか。





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