013 浄火
神獣様のひと鳴きを理解したノエルは身を乗り出して驚いていた。
「本当ですか!?」
「ノエル。神獣様は何て仰ったの?」
「三人の信頼を得た今なら、神獣様のお力でこの呪いの森を焼き払うことが可能だそうだ」
「本当に!?」
これでトルシュは光を取り戻せる。私は嬉しくてゼクスさんに目を向け、彼の悲しげな瞳と視線が交わった。ゼクスさんがなぜ、氷の魔法を行使したのか失念していた。
「あ……。ここは、ゼクスさんのご両親との思い出の家だものね。焼き払うなんて……。別の方法を考えましょう」
「いえ。良いのです。氷の中にいる間、ずっと父の呪いの言葉を耳にしていた気がします。この場所から、父の怨念を開放したい。母も、それを望んでいることでしょう。巫女様のお心遣いに感謝いたします。私の事はどうか、ゼクスとお呼びください」
穏やかな話し方に、柔和な笑み。画面越しのゼロフィルドには全く興味なかったけれど、実際に向けられると破壊力が強い。
「分かったわ。ゼクス。ミラさんもきっと同じことを言うと思うわ」
「母をご存知なのですか?」
「あ、いえ。ミラさんは、ゼクスの双子お姉さんでしょう?」
「私に姉はおりません」
「……………………え?」
ゼクスが嘘をついている様子はこれっぽっちもなく、それを見たノエルはガタっと音を立てて、その場にへたり込んだ。
「お、おい。冗談だよな?」
「いえ。冗談は苦手です」
「じゃあ。ミラさんって……。お母様はご健在で……はないわよね」
「はい。母は、裏庭に立てた墓に父と一緒に眠っています」
ゼクスの言葉に、ノエルは頭を抱え、やばいもん見た。と何度もブツブツ独り言を呟いている。その慌てた様子を見ていると、私は逆に冷静になれた。
「き、きっと、ゼクスを助けたかったのね」
「もしかしたら、私を案じて、この地に思念を残していたのかもしれません。――母様。どうか安らかにお眠りください」
胸元の友好の証を握りしめ、ゼクスは瞳を瞑り母への追悼の言葉を述べ、私もゼクスと一緒に手を合わせた。
「……………………焼こう。ご両親には安らかに眠っていただこう」
「私も、それを願います」
ノエルが震える手で神獣様を抱き発言すると、ゼクスもそれに同意した。
◇◇
私達は神獣様を巨木の根元に残し、ログハウスを出た。
ゼクスは父の手帳や研究資料など、大切なものだけ荷造りするついでに家の中を全部見てくれたけれど、ミラさんとは会わなかったそうだ。
より多くの魔力を神獣様に送る為、ゼクスがログハウスを囲むように杖で円を描き、私達は神獣様が中心になるように等間隔で三か所に別れて円の上に立った。
「キュピ~!」
ログハウスの中から神獣様の鳴き声が響き円のライン上が赤く発光して、私はそれを合図に呪文を唱えた。
「浄火」
数秒間をおいて、全身から地面の方へと魔力が根こそぎ吸い付くされるような感覚に襲われた後、巨木を飲み込む大きな火柱が天へと伸びた。
火柱は巨木を炎で包み、上空で弾けた火の粉が火の玉となり森中の呪われた木々へと降り注ぐ。
燃え盛る炎の熱と風圧で立っているのがやっとだ。でも、現実でこんな光景を見たら大災害だけど、神獣様の炎だからか恐怖は感じなくて、むしろ美しいと感じてしまった。
「――ねぇ」
急に背後から声がして振り返ると、不敵な笑みを浮かべたミラさんが立っていた。
「貴女が来てくれて良かった」
「ミラ……ルドさん?」
「そうよ。ゼクスを――息子を助けてくれてありがとう。私、巫女をずっと恨んでいたわ。ゼロフィルドが、あんなに待ち焦がれているのに、彼の心を裏切り見捨てた巫女を……」
燃えてゆくログハウスを見上げ、ミラルドさんは悔しそうに涙を流した。
「ここにいると、彼の呪いの言葉が、毎日毎日繰り返し聞こえてきたの。誰かの死が本意ではなかったとしても、呪いの言葉は命を求める。彼らしくない声を、もう聞かずに済むわ」
「きっと、ゼロフィルドさんの呪いの言葉は、もうこの地に縛られません」
「そうね。ねぇ、巫女様。彼と一緒に逝ってあげてくれませんか?」
「えっ?」
ミラルドさんは俯き、視線を落としたまま一歩ずつ私に近づいた。私は怖くて、一歩、また一歩と燃え盛るログハウスの方へと追いやられていく。
「貴女はあの時の巫女じゃない。貴女は違う。分かっているわ。貴女は、彼が誰かに看取られ亡くなったことを心から案じてくれた。分かっているの。でも、ゼクスは友好の証を持っている。また貴女に唆される。息子をそんな目に合わせたくはないの。だから」
両手で肩を掴まれた。それはミラルドさんおか細い腕からは想像もできないような強い力で、私は足が竦んで動けなかった。
「私も一緒だから。巫女様」
私に覆い被さるようにしてミラルドさんに抱きつかれ、叫び声をあげようとした瞬間――。
「母上っ! なりません。お止めください」
炎に押し込まれる寸前にゼクスの声がして、ミラルドさんの動きが止まった。
「ゼクス……。私のせいで、貴方までここから離れなれなかった。ごめんなさい。そしてありがとう。お父様の呪いを解いてくれて。ゼクス。貴方は私の自慢の息子だわ。だから――巫女にはあげない」
ミラルドさんはゼクスに微笑むと、私を抱きしめたまま炎の中へ飛び込んだ。




