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012 ゼクス=アングラード

 数秒間炎に包まれた氷は、火が消えた後ゆっくりと溶け出した。ゼクスの頭、そして顔があらわになり次第に上半身まで溶けていく。


「さ、支えてあげなきゃ」

「お、おいっ。放っとけよ」


 生きてるか分からないし。とノエルは小声で呟いたが、木の幹によりかかるようにして棒立ちで凍りついていた身体は、支えを失い倒れかかる。

 このままでは床に頭をぶつけてしまう。私はゼクスに駆け寄り支えようとしたが、そのまま押し倒されて尻もちをついた。

 私の膝の上にゼクスの頭があり、彼はうつ伏せで倒れている。なんとか床への強打は避けられたけれど、重い身体は氷のように冷たく、不思議と濡れていなかった。


「ぜ、ゼクスさん?」


 頭を撫で冷たい頬を軽く叩き、呼びかけてもみても反応はない。でも、息は微かに感じられた。


「息はあるわ」

「マジか……」


 ノエルが恐る恐る近づいた時、神獣様がゼクスの背中の上に降り立った。

 淡いオレンジ色の銀羽を広げ、私を見つめてピィと鳴く。

 神獣様は、己の魔力を分け与える力が使える。

 多分、今必要なのはそれなのだ。呪文は確か――。


恵み(ブレス)


 試しに言葉にしてみたら、神獣様は瞳を閉じてオレンジ色の光に包まれた。それは私とゼクスも一緒に。血が通っているかもわからなかったゼクスの身体に温かさが生まれた。頬に赤みがさし、こめかみの辺りがピクっとひくつく。


「ゼクスさん?」

「っ。ごほっけほっ」


 息を吸ったゼクスは大きくむせ返り、私がまるくなった背中を撫でてやると、ゆっくりと瞳を開けた。


 髪と同じダークブルーの瞳は切れ長で睫毛が長くて美しい。つい見とれてしまっていたが、ゼクスが周りを見回し視線が交わると、ハッと我に返った。


「あっ、えっと」

「巫……女? あなたは……巫女様ですか」


 身体を起こし、ゼクスは私の顔をまじまじと見つめた。


「キュピピ?」

「へっ? し、神獣……様?」


 ゼクスは腰に乗った神獣様に気付くと、慌てふためき私と神獣様を交互にみやった。


「お二方が……。私を助けてくださったのですね。ありがとうございます。私は、ゼクス=アングラードと申します。この森を呪ったゼロフィルド=アングラードの息子です。貴女は、巫女様でいらっしゃいますか?」


 ダークブルーの瞳の視線が私だけに注がれる。暗く透き通った綺麗な色に驚いて固まる私の顔が写り込んでいる。

 羨望の眼差しを向けられ、大きな両手で右手を包み込まれて、今まで出会った誰よりも純朴な青年に、息を吸うことも忘れてしまうほど見惚れてしまった。

 異世界美男子の至近距離がヤバい。

 私の脳内の語彙力が死んだ。


「俺もいるんだけどな」

「へ? あ、テニエの……方ですか?」

「ああ。そっちは神獣の巫女代理。お前はゼクスなんだな?」

「はい。父の呪いを封じようと思ったのですが、自分自身まで巻き込んでしまい……。呪いも止めることはできなかった様ですね」


 ゼクスは小さなランタンと、神獣様から発せられる明かりだけの暗がりな部屋を見回すと呪いの根源と思われる巨木を見据えて呟いた。


「呪いは街まで広がっているわ。どうか貴方の力を貸していただけないかしら?」

「勿論です。私の方こそ、どうか命の恩人である巫女様の力にならせてください。私は巫女様のお役に立ちたいと存じます」

「あ、ありがとう。でも、そんなに畏まらなくても――あっ……」


 ゼクスに握られた手が急に熱を持ったかと思うと、指輪の水晶の一つが光を放ち、透き通ったパープルブルーの宝石――タンザナイトへと変化した。

 そして、神獣様の身体から部屋中を満たす程の光を溢れさせると、長く伸びた冠羽を凛々しく靡かせた神獣様が降り立った。

 その堂々たる姿に、私は思わず立ち上がり声を上げた。


「まぁっ。素敵!」

「おおっ。なんと立派な冠羽でしょう」


 私とノエルが賛美の言葉をかけると、神獣様は胸を張ってひと鳴きした。


「キュピっピピピキュピピっ!」









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