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011 ゼロフィルドとミラルド

 ミラさんは氷にそっと触れ、両親のことを語った。


「父は、最初は母を拒絶しました。でも母は、父が寂しがりやだということを知っていたので、決して父から離れることはしませんでした。この呪いも、本当は交流を絶ちたくて行使したのではなく、もう一度巫女に会いたくてしたものだと、母は分かっていました」

「会いたくて、だと?」

「はい。この呪いは巫女と神獣にしか解けません。逆を言えば、巫女と神獣の力なら解けるのです」


 ゼロフィルドは巫女に会いたくて、孤独の中、森を呪った。

 でも、ゼロフィルドを想う人は他にもいたのだと分かると、少しだけ心が救われたような気がした。

 

「母は、巫女が現れるまで父のそばにいると言ったのです。でも、呪いは強力なものでした。母は次第に弱り、その時、父は母を失いたくないことに気付いたのです。それが愛なのか、母は分かりませんでした。それでも母は父を受け入れ、魔力を通じ合わせることで生きながらえ、そして夫婦となり子を授かったのです」


 ミラさんはご両親の記憶を懐かしむように、一言一言噛みしめながら語った。その優しい表情から、それはミラさんにとっても素敵な記憶であることが窺えた。


「ゼロフィルドは一人じゃなかったのね。この森を見た時、そして彼の声を聞いた時、胸が苦しかった。でも、ゼロフィルドは苦しみながら亡くなったのではなかったのね。ミラルドさんは、この手帳を見たのでしょう? ゼロフィルドはミラルドさんのことを」


 ミラさんは私を見て優しく微笑み、力強く頷いた。


「はい。だから、ここに残ったのです。たとえ父の命が尽きようとも、置いていくことは出来ませんでした。父は、母とゼクスに魔力を分け過ぎてしまった。だから、先に逝ってしまいました。せめて残された私達で、父の呪いを解きたかった。巫女なんかに頼らず、私達の力で……。でもゼクスの氷は呪いの全てを覆う事は出来ませんでした」


 ミラさんの話を聞きながら、資料を物色していたノエルは、神獣の絵が描かれた分厚い紙の束を私達の前に広げました。


「なぁ。ここに神獣の炎についての研究資料もある。なぜ氷魔法を選んだんだ?」

「でも、森が燃えたらトルシュの街も危険なのではないの?」

「そうですね。ここまで呪いが広がってしまったので、街も危険です。ですが、ゼクスが魔法を行使した時は、まだ呪いは森の木々だけでした。氷魔法を選んだのは、母を想っての、息子としての選択です。ゼクスは、母と父の思い出の家を燃やしたくなくて、成功の可能性が低い氷魔法での封印を試みたのです。でも――」

「自分も氷漬けってことか」

「はい。どうか。ゼクスを助けてください。私のたった一人の最後の家族なのです。ゼクスなら父の呪いを解く手助けが出来ます。国を救うことが出来ます。どうか――」


 ミラさんは声を荒らげ懇願した後、その場にガクッと崩れ落ち床に手を付きました。


「ミラさんっ?」

「だ、大丈夫です。私、もうあまり長くないんです。ご、ごめんなさい。薬の時間だわ」


 ミラさんは勢いよく立ち上がると、また扉の向こうへと消えていった。

 ノエルはその後ろ姿を見据えながら私に問いかけた。


「なぁ。薬ってなんの薬だと思う?」

「うーん。あ……。でも」

「オレは、若返りの薬なんじゃないかと思うんだ。この氷が何年前からなのか分からないが、ゼクスは氷漬けだから若いままで、ミラは本当は老婆なんじゃないか?」

「私も同じことを考えていたわ。でも、ゼクスを助けるために、どうしてトルシュに助けを求めなかったのかしら。ここから出られないわけではない筈なのに」

「老婆だから?」

「ゼクスは若い時に氷漬けになったのだから、ミラさんだってそのはずよ。それとも、別の病気もあるのかしら」

「そうかもな」

「キュピィピ?」


 私達がミラさんのことを話していると、神獣様は会話に混ざりたそうに首を傾げノエルに話しかけた。


「えっ? それはもう少し待った方が」

「神獣様? えっ。もしかして……」


 ノエルの苦言をものともせず、神獣様は氷の前に羽ばたき輝きを増し始めていた。

 氷を溶かすつもりなのだと、纏う魔力ですぐに分かった。


「キュピピィ~!!」

「もうやっちゃうって」

「でも、ミラさん居ないのにっ。家族の感動の再会よね。神獣様っ。少々お待ちをっ」

「こんな狭いとこでっ。ちょっとお待ち下さ――駄目かっ」


 私はノエルに身体をヒョイッともち上げられ、横抱きにされて部屋の隅まで退避した。

 神獣様は私達の言葉をサラッと受け流して、全身に炎を纏うと羽を羽撃かせて氷漬けのゼクスに向かって炎を放出した。







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