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009 黒い扉の部屋

 ミラさんに案内され、私とノエルはログハウスの一階のリビングに通された。廊下は砂利まみれだったけれど、リビングはきれいだった。テーブルの上にランタンに明かりが灯されると、暗闇になれた目にはそれすら眩しく感じた。


 勧められた椅子に腰を下ろすと、ミラさんがお茶を入れてくれた。お茶は、キノコ茶だそうだ。正直、喉は乾いていたが、口をつけるのは怖くてできなかった。


 ノエルはお茶をひとくち飲み、辺りをずっと見回しながら落ち着かない様子だ。あ、これは飲むんだ。と内心驚きつつ、ノエルが口をつけるのなら、危険なものではないのだと分かるも、やはり私は遠慮してしまった。


「このようなところまで、よくぞいらしてくださいました。私は、この森を呪ったゼロフィルドの娘です。私の母も父と同じ宮廷魔道士でした。このローブは母のものです」 

「この森でどうやって暮らしてきたんだ?」

「父の守りの魔法により、私とゼクスはこの森でも生きることができるのです。裏には川もあります。魚は取れますし、滝裏の洞窟だけは呪いの力が及ばず、きのこを栽培して生きながらえてきました」

「あの。ゼクスって?」

「ゼクスは私の双子の弟です。奥の部屋で、この呪いを解く研究をしていました。ですが……」


 ミラさんは奥の黒い扉を見つめ、言葉を詰まらせるとポロポロと涙を流し始めた。


「あの、弟さんは、どうされたのですか?」

「ま、まさか亡くなったのか?」

「いえ。生きております。ですが、呪いを封じようとして、自らを氷漬けにしてしまったのです。私達姉弟は、この森から出ることもできます。ですが、父の呪いを解く為に、両親亡き後も、ここで研究を続けてまいりました。――お願いです。ゼクスを助けていただけませんか? 神獣様のお力なら、ゼクスの氷を溶くことができるのではないでしょうか?」

「キュピぃ~」


 ミラさんが神獣様に祈るようにすがると、神獣様は羽ばたき、やる気満々といった雰囲気で奥の扉の前で声を上げた。

 暗がりの中に存在する扉は、開けば怨霊が飛び出してきそうだ。私もノエルも躊躇い息を呑み、ノエルは視線を扉に張り付けたままミラさんに尋ねた。


「中を見せてもらえるか?」

「はい。どうぞ。扉を開けてください」

「えっ? 俺が開けるのか?」


 ミラさんの言葉には驚いて彼女の方へ顔を向けると、先程まで向かいの椅子に座っていたはずのミラさんが忽然と姿を消していた。

 辺りを見回し、誰もいない部屋にぞっと背筋を凍らせた時、玄関へ続く廊下の方からミラさんの声が聞こえた。


「すみません。呪いの効果が年々強くなっておりまして、部屋で薬を飲む時間なので暫し失礼させてください。奥の部屋へは、どうぞご自由にお入りください」


 今にも倒れそうな青白い顔をしたミラさんは、廊下へ続く扉の前でそう告げると、フラフラと消えていった。


「ノエル」

「うおぉぉぅっ!? ななななんだよっ!?」

「そんなに驚かなくても……。奥の部屋へ行ってみましょう?」


 そう尋ねると、ノエルは腕を組みどしっと椅子に腰を据えたまま目を細めた。


「お前、それ本気か?」

「ええ」

「凄いな。尊敬する。扉、開けたければ開けてもいいぞ」

「……分かったわ」


 私が椅子から立ち上がり扉に手をかけると、ノエルは「まじかよっ」と小声で文句を漏らし、やっと重い腰を上げた。


 扉はとても冷たかった。まるで氷に触れているかのように。でも、扉自体は軽く、カチャっと音を立てて簡単に開いた。


「ま、待て待て。心の準備がっ」

「ミラさんのこと、待つ?」

「それはそれで気味が悪いっていうか……」

「じゃあ。開けるわね」

「お、おいっ」


 扉を開けるとフワッと白い冷気が溢れ、視界が開けると部屋の奥に蒼白く光る氷の塊が見えた。

 氷はログハウスを貫いた黒い巨木の根と幹を覆っている。

 そしてその幹にはよく見ると人影が存在した。 


「ねえ。あれがゼクスさんかしら?」

「へっ?」


 気の抜けた声で返事をしたノエルは、全身の毛を逆立てたまま、体の芯まで凍ってしまったかのようにぎこちない動きで私の後ろから中を覗いた。

 そして部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、あの声がした。


『誰も、近づくな。森から去れ。さもなくば全て失い。命を落とす』


 ノエルが私の手をギュッと掴んで微かに引いた。


「お、おい。聞こえたか?」

「ええ。今朝聞いた声と同じだわ。でも、あの。ノエル、手……」

「お、お前が不安かと思って握っただけだっ。な、中に入るぞ」


 ノエルは私の手をしっかり握りしめたまま、先陣を切って部屋の中へ足を踏み入れた。





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