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008 ログハウス

「ノエル。やっぱり、これはどうかと思うのだけれど……」

「うるさい。これが一番速い」


 私が遠慮気味で尋ねるも、ノエルは聞く耳を持たなかった。


「速いけど……。――きゃぁっ」

「いちいち喚くな。掴まってろ」


 掴まっているけど、速すぎるのよ。

 私は今、暗い森を爆走中のノエルの背中にしがみついていた。


 ――数十分前。


「くそっ。駄目か……」


 食事を終え森へ向かおうとしたが、馬が怯えて嫌がり一歩も進まなかった。

 ノエルが語りかけ宥めるも、暗い森へは入りたくないようだ。生い茂った木々は、暗雲と同化し、空なのか葉なのか区別がつかないほど暗く、馬が怖がるのも無理はない。


「仕方ない。走っていくぞ」

「分かっ……。え? 走るの?」


 ノエルは森に目をやり神獣様と話し、距離の目処が立っているようだ。


「ああ。走らないと往復出来ない」

「私、短距離も持久走も自信ないのだけれど。……テントを背負って、行けるところまで行ってみましょう。私達には神獣様が付いているのだから、大丈夫よ」

「だが、馬が心配だ。半日程度ならいいが、一日以上放っておいて、加護が続くかどうか……」


 ノエルは怯えた馬を撫でてバケツに入った飲水を与え落ち着かせてあげている。


「じゃあ、ここを拠点にして行けるところまで行って戻ってとか……。でも、それだと、いつになっても奥まで調査できないかもしれないわね」

「ああ。だから、走る。ほら」


 言ってノエルは、両手を後ろに開いてかがみ込み、私に背中を向けた。


「え? もしかして」

「乗れ」

「ええっ!? 嫌よ。私、重いし、背負って走るのなんて無理よ」

「大丈夫だ。早く乗れ。時間が勿体ない」


 ノエルは本気だ。私の方を見向きもせず、ただしゃがんで背中を向ける。


「…………。私を置いていくとか……」

「神獣様は道案内で共に来ていただくことになる。馬と待てるか? あ、そうか。ヴェルディエの使者探しに専念できるって訳か」

「それはもう違うって……」

「だったら、乗れって」

「…………」


 そして今。怖い怖い早すぎなのよ。走る速さがっ。

 体感だとバイク? でも、馬より断然早いんですけど!?

 神獣様はノエルを先導し前を高速で飛んでいるはずなのだけれど、前を見る余裕なんかなくて、その姿を拝みたいのにボンヤリとオレンジの光が前方に見えるだけだった。


「見えたっ」


 あまりに早すぎて意識が飛びかけた時、ノエルの声がして急停車した。私は息も絶え絶えなのに、ノエルは息切れすらしていない。


「あれ……だよな?」

「キュピピ!」


 ノエルにおんぶされたまま彼の視線の先を見ると、一軒のログハウスが見えた。

 屋根を突き破り、中央から真っ黒な大木を生やした二階建のログハウスは半分凍りついていた。そして、玄関は開いたままになっている。


「入ってみる?」

「お、おう」


 急にガチガチに緊張し始めたノエルと一緒に恐る恐るログハウスへと近づくと、背後から声をかけられた。


「あの?」

「ひぃっ」


 女性の声がして、ノエルは全身の毛を逆立てたながらも振り向くと、後ろにはランタンを手にしたローブ姿の女性がいた。

 私はその女性のローブに見覚えがあった。

 蒼いローブに黒いラインの入ったトルシュのローブ。

 それも、宮廷魔道士のローブだ。


「お、おおおおお前は何者だっ!?」

「私は、ミラと申します。元、トルシュ王国宮廷魔道士ゼロフィルド=アングラードの娘です。貴方方は、神獣様と巫女様、そして守り人様でございますか?」


 完全に引腰で尋ねたノエルを笑うでもなく、女性は真剣な面持ちで私に言った。



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