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007 掠れた声

『――も、――くな』


 掠れた青年の声がして、私は瞳を開いた。

 でも視界は真っ暗で何も見えない。

 私は枕元の神獣様に手を伸ばそうとして、自分の手の感覚がない事に気付いた。

 多分これは夢なのだろう。

 現実味の無い空間に広がる暗闇の中、また声が聞こえた。


『――から去れ。――て失い。――を落とす』


 掠れた声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 苦しそうなその声は、全てを拒絶し誰も森に寄せ付けたくないように聞こえるけれど、とても弱々しく吹き消せば消える蝋燭の火のようだった。


 これは、呪いの森を生んだ宮廷魔導師の声だろうか。

 確か、『トルシュの灯』の宮廷魔導師の名は――。


「ゼロ……フィルド=アングラード」


 名前を読んだ瞬間、パッと視界が明るくなった。

 突風で揺れる木々のざわめきが激しく聞こえ、私の身体は誰かに揺さぶられていた。


「起きろっ。おいっ。おいってばっ!」

「ノエル……。私はおいじゃなくて――。そうだわっ。ゼロフィルド……。じゃなくて、多分、森を呪った宮廷魔導師の声を聞いたの」

「はぁ? な、なんて言っていたんだ?」


 ノエルは身を引いて、恐る恐る、でもちょっと強がった様子で尋ねた。


「ここから去れ。みたいな感じだったわ。でも、声は掠れていて弱々しかったわ」

「…………。よし。食べたらすぐ出よう。明るい内に深部まで行き、夜までにはここに戻るぞ。恐らく森の呪いは、夜の間に広がっている」

「夜の間ね……。でも明るい内と言っても、日の差し込まない森は、夜の様に暗いわ。――ねぇ。さっき、風が吹いたかしら?」

「……さぁ? 夜は、風が吹くみたいだな」

「夜は?」

「いいから、さっさと身支度を済ませろ」


 ノエルはテントの幕を雑に閉めて出ていき、入れ替わりで神獣様が顔を出した。


「キュピピ~」

「おはようございます。今日もご機嫌ですね。あ、嘴にオイルが……」


 いつも全身オイルまみれの神獣様だけれど、今日は嘴しかオイルがついていない。綺麗に食べられるようになったのだと感動しつつ、ハンカチで嘴の油を拭おうとした時、神獣様は首を横に振り空中で一歩後退すると、口から火を吹き全身に火を纏った。


「きゃぁっ」

「ど、どうした!? ああっ。こんなところで危ないですよっ。ぅわぁちっ」


 私の声に反応したノエルが外から現れ、火達磨の神獣様を両手で包みテントから飛び出して行き、私も後を追った。


「の、ノエル。大丈夫っ!?」

「ああ。これぐらいの炎なら平気だ。おい。ちょっと指見せろ」

「え?」


 ノエルは焦げたハンカチを私の手から奪い投げ捨てると、少し赤く火傷した指先を掴み、懐から塗り薬を出した。


「ったく、世話のかかる奴だな。この黒焦げのハンカチでオイルを拭こうとしたのか? 神獣様を甘やかそうとするな。食後はご自身で処理されている。己の火を纏うことで身体に付いたオイルを発火させ、全身を炎に慣らしているんだ。ベタベタは無くなるし、熱により魔力の循環も良くなる効果がある」

「そうだったのね。……悔しいけど、やっぱりノエルは神獣様に詳しいわね」

「あっ、当たり前だ。神獣の守り人なのだぞ。愚弄する気か」

「褒めてるのよ。これからも、神獣様のことを沢山教えてね。知られざる神獣様の生態が分かって幸せだわ。ふふふっ」


 気づいたら口元が緩みきっていて、ノエルに煙たがられてしまっていた。


「あー。朝から変な奴の相手は疲れるな」

「はいはい。でも、ノエル。手当してくれてありがとう」

「こ、これぐらい……当たり前だ」


 私の手をパッと離し、ノエルは私を心配して落ち込んだ様子の神獣様の元へ行き、何でも無かったことを伝えている。


 昨日まで感じていた溝は少し埋まったみたいで良かった。


 ヴェルディエの使者は、いないのだろうから、今日は調査に集中しなくては。

 それで、ノエルの信頼を得て、神獣様の力を増幅させて、この呪いを解く力を覚醒させよう。





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