005 疑いの眼差し
事情を話した後、ノエルは鋭い視線を私に向けたまま冷笑した。
「で、それも嘘だろ」
「何でそうなるのよ。あー。そうよね。怒るわよね……。覚えてないから何とも言えないけど、ネージュ様が婚約者なのに、別の方とやりとりを続けているんだものね。……ごめんなさい。身内からしたら嫌よね」
「別に」
「へ? 嫌じゃないの?」
「お前と兄は政略結婚だ。そういうことがあってもおかしくはない。むしろ兄者は喜ぶだろうな。別の男を愛する人間を奪って服従させる。最高の復讐だろうな」
そう言ってノエルは意地悪な笑みを浮かべた。
ノエルが笑っている。久しぶりに見たその笑顔に、言葉の内容はさて置き、私も頬が緩んでしまった。
「……あ、そう。いい趣味してるわね。じゃあ。最初から言えばよかったわね。ヴェルディエの使者を探しているって」
「…………」
ノエルはまた、疑いの眼差しを私に向けた。
でも、殺気はなく少し面白がっているようにも見えた。
「だから何で黙るのよ。そうだわ! 見ていて、レナーテに合図を送れば返事が来るんだから」
「駄目だ。この場所をヴェルディエの使者に知らせるつもりだろ?」
「知らせてもいいでしょ? ここは普通の人は普通でいられない場所なのよ。早く見つけてあげなきゃ」
「まぁ、場所を知られても弱った相手なら楽勝か。だったらやってみろよ」
「ええ」
レナーテからもらった狼煙を、私は焚き火に投げ込んだ。
それはチリチリと音を立てて燃え、炎の色を紫に変えると、小さな火花が上空に打ち上がった。
「わぁ。綺麗~」
「おい。呑気に眺めてないで城を見ろ。合図が返ってきてるぞ」
「あっ。レナーテからよ。――大変だわ。赤い炎だから、使者の方はまだ城に着いていないみたい」
「へぇ~」
バカにしたように相槌を打つノエル。彼にとってヴェルディエの使者なんてどうでもいいようにしか見えなかった。探すのは私一人でどうにかしなければならない。
「ねぇ。ノエルは人影とか見なかった?」
「見てない」
「そう。だったら、もう一度だけ見てく――きゃっ」
立ち上がろうとしたら腕を捕まれ無理やり座らされ、ノエルはキッと私を睨み、神獣様を見ながら怒り出した。
「行くなっ。そう言ってヴェルディエに神獣様を引き渡すつもりだろっ!?」
「……へ? 引き渡すって……何を誰に!?」
「は!? お前しらばっくれる気かっ。――て、何だよっ」
今度は私がノエルの腕を掴み返して、ノエルの瞳をじっと覗き込んだ。
「ヴェルディエは神獣様を狙っているの? そういうイメージは無かったんだけど、魔族がいなくなったし、色々変わったってことなの?」
「魔族って……お前の頭の中は古代の歴史で止まってんのか?」
「……そうかもしれないわ。――ノエル。今って、ヴェルディエの使者が神獣様を拐うことを目的にしているということも考えられる情勢なの?」
「どうだろうな。それはお前のほうが詳しんじゃないのか?」
「知らないから聞いているのでしょう? 神獣様に関わることなのだから、ちゃんと答えて!」
「……ヴェルディエは栄えている。神獣様への信仰も深く、危害を加えるとは思えない。しかし、神獣様を手土産にしてヴェルディエに取り入ろうとする輩はいるようだ」
ノエルは私から視線を外し、興味なさげにクッションの上でまったりしている神獣様を見つめながら答え、最後にまた私に視線を戻した。
「それって……私?」
「ああ」
「キュピっ! ピピィピ!」
ノエルが頷くと、神獣様は立ち上がりノエルに向かって説教のような鳴き声を浴びせ、ノエルは辿々しく神獣様に言葉を返す。
「ですが……。実際にヴェルディエの使者を探しています。こいつの妹が言った通り」
「妹? さっき話したヴェルディエの事は、全てレナーテから聞いたことよ。レナーテは、ノエルに何て話したの?」
「は? んだよ。あいつの謀か。姉妹揃って胡散臭え事ばっかしやがって」
「そうだわ。レナーテから手紙を預かっているの。使者の方が船着き場に到着した時、侵食された道を避ける為の地図を」
「見せてみろよ」
「でも、ヴェルディエの方しか開けられないそうよ」
「……あー。それは嘘だな。これならオレでも簡単に開けられる。むしろ、オレに見せてお前を完全にヴェルディエの間者に仕立て上げようとしているんじゃないか?」
「まさか……。開けてみてくれる?」
封書はノエルの言った通り簡単に開くことが出来た。
そしてそこに書かれた文章に、私は絶句した。
『愛するロベール様へ。神獣は私の手の内にあります。弟と仔猫は手懐けました。早く貴方の元へ行き抱きしめて欲しいです。貴方との愛が深まれば、神獣は更に進化を遂げ、私達二人の未来を照らすことでしょう。早く迎えに来て。クラルテ=トルシュ』




