004 安堵(ノエル視点)
オレは小瓶を握りしめたまま宿屋を飛び出した。
神獣様が身を体してあいつを守った。
それがどうしても理解できなかった。
あのシチューには一滴だけ自白剤を入れていた。
今日の行動の全てをあいつに吐かせるために。
でも、神獣様はオレがしたことを見透かし、あいつを守ることを選んだ。
「何であんな奴を……」
あいつは、わざわざ裏道を通って誰かを探していた。
やはりヴェルディエと繋がっているのだ。
もう一人の胡散臭い王女の嘘かとも疑っていたが、あいつは――。
「裏切り者だ。……裏切り? 違う。オレは元々あんな奴……」
認めてなんかない筈なのに。仲間でもなんでもない人間相手に裏切られただなんて、何を馬鹿なことを考えているのだろうか。
「キュピピ~」
宿から神獣様の声がした。どうしてかあいつも一緒だ。
「ノエル。厨房に残っていたシチューを温め直したわ。一緒にいただきましょう?」
「一人で食え。オレは後にする」
オレは宿屋横に備蓄してある薪を拝借し、焚き火の準備を始めた。外で見張っていよう。夜の間に使者と落ち合うかもしれないからな。
あいつはボケっと突っ立ってオレの様子を窺っているが、神獣様は薪を組むと、オレの意を察して火を灯してくださった。
「あっ。焚き火をするの? 丁度良かったわ」
「は?」
腰のポーチからゴソゴソと取り出したのは丸い小さな玉だった。そしてそれを火の中へと投げ込もうとして、オレは咄嗟に腕を掴み止めた。
「おいっ。誰に合図を送るつもりだ!?」
「痛いっ。ノエル。力が強いわ」
「うるさいっ。俺の質問に答えろ!」
「レナーテよ。城で待つレナーテに、無事を知らせると約束したの」
悪びれもせず答えるこいつに、苛立ちが抑えられなくなった。もうこの場で全部明らかにしてやる。こんな嘘つきを神獣様の隣においてはおけない。
「嘘はもうやめろ。城を出てからずっと誰を探していた? お前の考えていることは分かっている。ヴェルディエの使者を探しているんだろ?」
「え? 知っていたの?」
「……………」
まただ。悪意のかけらもない呆けた顔でオレに問うなよ。
返す言葉が見当たらない。こいつは少しも悪いと思っていないのだから。
神獣様の事など、自分を優位に見せる道具としか思っていないんだろうな。それが酷く悲しく虚しい。
やっぱりオレは、こいつに期待していたようだ。
胸の内から湧き上がる感情で思い知らされた。
オレは馬鹿だ。
オレの気持ちなんて分かるはずも、分かろうとするつもりすらないはずなのに、あいつは申し訳無さそうな顔で口を開いた。
「ごめんなさい。私、恋人がいるらしいのよ」
「は?」
恥ずかしそうに頬を赤らめて、唐突な発言にオレの思考が停止した。
「あ、その前にもう一つ言っておかなきゃ駄目よね。――私ね。クラルテとしての記憶が一切ないの。覚えているのは、神獣様を召喚した後に目覚めてからのことだけなの」
「それは、知っている」
知っていると言ったけど、何も分からない。
こいつが何を言おうとしているのか。
「あら。そうなの。じゃあ、話が早いわね。もう隠すとか無理だから全部話すわ。大事なのは人命だもの」
ホッと笑顔を溢したかと思ったら、真剣な眼差しでオレを見据える裏切り者の瞳に、オレは心の何処かで、こいつを信じても良いのかもしれないという安堵を得ていた。




