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003 呪われた街

 城を出て町を進みだしてすぐ異変を感じた。

 木々は黒く変色し、空気は重く霞がかって見える。

 ジメッと湿気を含み、肌に纏わり付く感覚が気持ち悪い。

 そして、不気味なほどに風がなかった。

 呪われた街。そんな言葉がピッタリの場所だ。

 こんなところに長居したくはないものだ。


「ノエル」


 ふと前を行くノエルに声をかけるも、彼はチラッとこちらを振り向いたものの、使い魔とそっくりの動きで顔を反らし馬に鞭を入れ先を行った。

 私もノエルの後を追おうと鞭を握る。


「鞭の撃ち方、習ってないじゃない。あ、それに、この街道の裏だったかしら。ヴェルディエの使者の通り道って」


 ノエルに追いつける気もしないので、私は裏道へ向かい周りに注意しながら馬を進めることにした。夜営予定の町は予め決めてあるし、急いでいかなくても日が落ちるまでには着ける距離だと聞いているので、後で合流すれば良い。


「神獣様、誰か見つけたら教えてくださいね」

「キュピピ」


 今、馬の頭の上に神獣様は陣取っている。

 澄んだ軽やかな神獣様の声は、淀んだ空気が漂う町並みにいても、少しだけ心に温かみをもたらしてくれた。それに、可愛い尾羽根がユラユラと揺れる様子をずっと拝めるのだから、中々よい旅なのかもしれない。


 でも、そんな悠長なことは言っていられない。

 ヴェルディエの使者を探さなくては。


 裏道は広い街道よりも更に暗く、馬を進めるも人の気配もなければ人影もない。空は黒い雲で覆われ、不思議と風がなく、馬の蹄の音だけが響いた。


「怖っ」


 こんなところに人が迷い込むなんて、常識的に考えたらありえないだろう。どの角度からみてもここは危険地帯だ。


 大きくカーブした道なりに進むと、遠くにうっすらと人影が見えた。


「もしかして、ヴェルディエの? ――あの。もしかして」


 大きな声で呼び掛けると、馬の足音がこちらに近付いてきた。それから聞き覚えのある声も。


「……もしかして、誰だと思ったんだ?」

「あ、ノエル! えっと……町の人がまだ残っていたのかと思ったの。怨霊じゃなくて良かったわ」

「なっ。へ、変なことを言うな。それからお前の馬、遅すぎだ」


 殺気立っていたノエルは、怨霊という言葉を出すと真顔に戻り赤い顔で私に苦情をぶつけてきた。


「ごめんなさい。鞭の入れ方、分からなくて。やっぱり付け焼き刃じゃ駄目ね」

「……言い訳ばかりだな。まぁ、ごゆっくりどうぞ。これが、お前が最後に見る景色になるかもしれないからな」

「え?」


 ノエルはまた殺気だった瞳で睨むと、鞭を入れて馬を走らせて行った。


「あ。置いていかないでよ」


 その後も人影が見えたと思えばノエルだった。

 要は私が遅いから待っていてくれているのだろうけれど、顔付きがネージュみたいで怖い。

 本当は一緒に進んで、もっと仲良くなりたかったのに。

 でも、ヴェルディエの使者を探すには丁度良かったかもしれない。結局森の手前の夜営場所へ着くまで、使者を見つけることは出来なかったけれど、これは迷子にはなっていなかったと言うことで安心しても良いのだろうか。


 夜営予定の町に着くと、町の奥の煙突から煙が出ていた。

 急ぎその煙突を目指すと、そこは宿屋のようだった。

 近くの木には馬が二頭繋がれていた。


 馬を木に繋ぎ、中に入ると一階は食堂みたいで、テーブルにはシチューとパンが置かれていた。出来立て熱々だ。


「わぁ。美味しそう。ありがとう。ノエル」

「……随分遅かったな。神獣様がご無事でなによりだ」


 ノエルはエプロン脱ぐと、至極不機嫌そうに平皿に乗せた絞りたてのオリーブを手にテーブルへ持ってきた。


「キュピピィ!」

「お手伝いしなかったのは悪かったわ。でも、先に行かなくても良かったじゃない。神獣様が心配なら尚更よ」

「それは、オレがいなければ神獣様に危害を加えれるって意味か?」

「へ? 何でそうなるのよ。ノエル。貴方、昨日から変よ。いくら怨霊が怖いからって」

「オレはっ。怨霊なんか平気だ。そんなものより人間の方が恐ろしい。笑って人を騙すんだからな」


 私はアレクの言葉を思い出した。巫女のことで、テニエはトルシュを恨んでいるということを。


「……そうね。確かに不誠実よね。王子にも婚約者がいる男性にも、宮廷魔導師にも海賊にも……誰彼構わずアプローチして、結局近衛騎士だものね」

「は?」

「だから、五十年前の巫女の事よ。彼女の事があるから、人間が嫌いなのでしょう?」

「……」

「ノエル。折角作ってくれたのだし、温かい内にいただきましょう?」

「キュピ、ピピピ?」


 神獣様は私の真似をしてノエルに尋ねると、オリーブではなく、私のシチューに嘴を伸ばした。


「まぁ。シチューはお好きなのですか?」

「だっ、駄目ですっ――」


 ノエルはシチューを手で薙ぎ払い、それは落ちて床にこぼれてしまった。


「し、シチューはなりません。まだ幼鳥ですので」

「そ、そうね。片付けは私がするわ。ノエルは先にいただいて」

「いい。外の風に当たってくる」

「外、風吹いてないわよ」

「……うるさい」


 ノエルは小さく言い捨て、宿屋を出ていった。




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