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002 出発

 寝袋にテント、ランタン、火打ち石の使い方と携帯する食料の食べ方まで、色々なことを伝授するとアレクはひと仕事終えたといった清々しい顔をして部屋を出て行き、入れ代わりで神獣様が部屋にやってきた。今日もあの仔猫を連れて。


 神獣様はいつも通りご機嫌で部屋を飛び回った後、私の枕元ですぐに寝付いたのだけれど、仔猫は扉の前から動こうとせず、丸くなって床で眠りにつこうとしていた。


「ねぇ。仔猫さん。あなたもベッドにいらっしゃい?」

「……」


 こちらを見向きもせず、仔猫は丸くなったまま微動だにしなかった。ノエルも様子がおかしかったから、この子にも移ったのかもしれない。


「ねぇ。仔猫さん。ノエルが……。あなたの御主人様、どうしちゃったのかしら。夕食の時から様子がおかしいの。食事が合わなかったのかしら。それとも……。あっ! もしかしたら、怖いのかしら」

「……」


 仔猫はピクッと耳を引くつかせ、少しだけ顔を上げた。

 やっぱりそうだ。ノエルは霊的な事が苦手なのだ。


「大丈夫よ。私が付いているから。怨霊のことを気にしているのでしょう?」


 細く開いていた瞳を真ん丸くさせて、仔猫は私をじっと見つめている。私は仔猫にそっと手を伸ばして――。


「痛っ。――大丈夫よ。怯えなくて。神獣様が居れば、どんな怨霊だって光に導かれ解き放たれるわ」


 『トルシュの灯』にもこんなエピソードがあった。

 魔族によって滅ぼされた村に村人達の怨霊が残っていたが、彼らは神獣様の光を浴びると成仏していた。

 だから、もしも宮廷魔道士の怨霊がいたとしても……。

 想像したら急に怖くなってしまった。私の手が震えているのに気づいたのか、仔猫は自分がつけた私の指のひっかき傷をペロリと舐めてくれた。


「ありがとう。ゴメンね。私も怨霊をリアルに想像したら、怖くてブルっちゃった。でも、神獣様がいれば平気って言うのは本当よ。神獣様には浄化の炎っていう力が……。あ、まだ使えないかも。貴方の御主人様と、もっと仲良くなると力が覚醒する筈だから、御主人様によろしく伝えておいてね」

「…………」

「よしよし。ミケの小さい時と似てるなぁ」


 仔猫を抱き上げ胸に抱く。私の腕に顔を乗せ、そっぽを向いたままの不機嫌そうな使い魔の仔猫は、やっぱりミケを思い出させる。


「ミケは生まれ変わったりしたのかな。燿は……。会いたいな」


 そう呟くと仔猫が顔を上げ、視線が交わるとプイッと逸らされた。心配してくれたみたいだ。


「ありがとう」


 ◇◇◇◇


 翌朝、早くからダンテさんに起こされて乗馬用のパンツスタイルに着替えた。中庭には馬が三頭いて、一頭は荷物用だそうだ。そしてどの馬の首にも、ノエルによって美しい神獣様の羽がかけられていた。


「この羽、素敵ね」

「これは飾りじゃない。呪いの森に入るために加護を与えたんだ」

「そうなのね。……それなら、アレクもこの羽をつければ」

「それは無理だ。魔力の高い者を守るにはより多くの魔力が必要となる。今の神獣様には負担がかかり過ぎだ」

「へぇ。そうなのね」


 それもそうだ。もしアレクにこの羽が使えるのなら、ノエルはアレクと森へ入っただろう。

 見送りに来たアレクは私と目が合うと、苦笑いを浮かべていた。その隣のレナーテは、祈るような瞳でノエルを見つめ手を握りしめていた。

 

「ノエル様。お姉様のこと、よろしくお願いしますわね」


 一瞬、レナーテはノエルに気があるのかと思っけれど、私の心配をしていたみたい。アレクもレナーテも、クラルテに対して酷い言いようだったけれど、姉として心配してくれているみたい。

 ノエルは、レナーテを怪訝そうに睨み言葉を返していた。


「……ああ。期待して待っていろ」

「そんなに気張らなくてもいい。安全第一で行ってきてくれ」


 アレクが機嫌の悪いノエルの背を軽く叩き鼓舞すると、ノエルはその手を払って馬に跨がったので、私も慌てて馬に跨がった。


「出るぞ」

「ええ。――じゃあ。いってくるわね」

「はい。お気をつけて」


 弟妹とダンテさんに見送られ、私は城の外へと馬を走らせた。


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