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001 姉思いの妹弟

「一体、何だっていうのよ……」

 

 食堂から出た私は、重いため息混じりに呟いた。

 夕食中、ずっとノエルが深淵を彷徨っているような雰囲気だったのだ。

 話しかけたら刺し殺すような目で睨まれた。

 明日呪いの森へ行くから気が立っているのだろうか。   

 それにしては殺伐としていたような……。


「お姉様」

「レナーテ?」


 振り返るとレナーテが苦笑いで立っていた。

 あんなノエルを前にしたら、そうなるのも無理はない。


「ノエル様、どうしたのでしょうかね。なにか聞いていますか?」

「さぁ。よく分からないわ」

「あの。実は、先程報告を受けたのですが……。お部屋でお話してもよろしいですか?」

「ええ」


 レナーテは私の了承を得ると、足早に部屋へ向かった。


 ◇◇◇◇


「そう。要するに、私はヴェルディエのロベール王子と恋仲で、彼が私に会いたくて内密にトルシュに使者を送ったけれど、予定していた本日未だ到着せず、行方知れず……ってこと?」

「はい。そうなのです。私は以前からお姉様の恋を応援しています。ヴェルディエとの連絡は私がお手伝いしていたのですが、森の侵食が進んでいたことをヴェルディエの使者に伝えそびれてしまったのです。先程、伝書鳩を飛ばしたのですが、もしかしたら侵食された道を通ってしまい、力を奪われ倒れているのではないかと」


 レナーテは肩を落とし、私のせいなのです。と付け足した。


「それは大変だわ。早く探さないと。アレクには伝えたの?」

「いえ。アレクはロベール王子が嫌いなのです。それに、森には入れませんし……」

「私がノエルと一緒に探してくるわ」

「あっ……でも」

「でも?」

「ノエル様には知られてはなりません。お姉様がネージュ様を裏切っていることを知られてしまいますし、ロベール王子にも迷惑がかかります。それに、海で事故にあった可能性も捨てきれませんので」


 確かに、私はノエルの兄の婚約者なのだから、恋人の使者探しを頼むのはおかしい。しかし、大切なのは人命の筈だ。


「森では何日間なら無事でいられるの?」

「それは……。分かりません。森から戻ってきた者は今まで一人もいませんから」

「それなら今すぐ探しに」  

「夜は危険です。それに、もしかしたら遅れて到着することもあるかもしれません。明日も到着しなかった場合は、探していただけますか?」

「もちろんよ」

「では、地図に場所を記しておきます。城を出てすぐに通る場所です。もしも見つけれなかった場合には、夜にこちらを焚き火に入れてください」


 レナーテは地図に船着き場から城までの経路を羽ペンでなぞると、ポーチからビー玉ほどの大きさの紫色の玉を取り出した。


「これは狼煙の一種です。紫色の火花を打ち上げ、焚き火の色を紫に変える物です。お姉様の灯りを確認したら、私も合図を送ります。使者がこちらに着いていたり、あちらから知らせが届いた場合には青い火を。まだの場合は赤い火を灯しますので城の方を見ていてくださいね」

「分かったわ。でも、赤い炎だった場合はどうしたら良いかしら?」

「策は講じてあります。赤い炎だった場合は、こちらの手紙を船着き場に置いてきていただけますか?」

「これは?」

「侵食のない、安全な道の地図です。ヴェルディエの方と文を交わす時に使用している封じ魔法を施してありますので、あちらの関係の方にしか開けられませんのでご安心を」

「ありがとう。レナーテ、色々と覚えていないことばかりでごめんなさい。貴女はとても姉想いで優しい子なのね」

「……はい。では、失礼します」 


 レナーテは一瞬間をおいて頷いたあと、部屋を出ていった。

 嵐が去ったように静まり返った部屋で、私は呆然としながら鏡台の椅子に腰を下ろした。


「私って、恋人がいたのね。それも、隣国の王子様ですって」


 そう言えば、ロベール王子の名を聞いたことがある気がする。

 もしかして、本当に好きだったから?

 ロベール王子に会えば、もしかしたら記憶が戻るのかも?


 でも、羽咲灯の記憶とクラルテ本人の記憶があったら……。

 私は誰になるのだろう。


 鏡に映る見慣れた顔をボーッと眺めていると、また誰かが訪ねていた。


「失礼します。姉様。よろしいですか?」

「アレク? どうぞ」


 アレクは大きな布袋を担いで部屋に入ってきた。

 まるでサンタクロースみたいだ。


「それ、大荷物ね」

「色々便利道具を持ってきました。使い方を知らないと思いましたので、お教えします」

「ああ。そっか。記憶喪失だものね」

「……そうではなくて、元々知らないことですよ。生き物や植物もお嫌いでしたので、森になんて入ったこともありませんし、城以外でお泊りになったこともありません。――はぁ。まさか姉様に、ランタンの使い方を教える日が来るなんて」

「そうだったのね。ありがとう。アレク」


 礼を述べると、アレクは私を見上げて一瞬だけ真顔で固まると、またわざとらしく溜め息をついてみせた。


「はぁ。まさか姉様に、お礼を言われる日が来るなんて」

「さっきから失礼ね。そうだわ。夕食の時のノエルの様子が変だったのだけれど、何か知らない?」

「確かに殺気を隠さなくなりましたね」

「隠さなく……なった?」

「はい。トルシュ王家に恨みを持っているのでしょう。大切な神獣様を蔑ろにした巫女を呼んだのは、トルシュですから――そんなことより、明日は早いですし、ノエル殿が何処まで姉様の面倒を見てくれるか分からないんですから、ちゃんと準備しておきましょうね」

「分かったわ。よろしくお願いします」

「はぁ。まさか姉様に、お願いされる日が来るなんて」

「もうそれはいいからっ!」

「はいはい」


 アレクは笑いながら返事をすると、布袋から大量のアウトドアグッズを出し、一つ一つ使い方を解説し始めた。



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