011 第二王女とノエル(レナーテ視点)
「油断って……。オレは」
基本は強がって見せているけれど、彼は甘ちゃんだ。
見たところ、神獣と兄への執着は強い。
そこを突けば簡単に扱えると私は分かっていた。
「いいですか。お姉様は自ら進んで森に行くような方ではありません。もしかしたら、隣国のヴェルディエに神獣様を引き渡そうとしているかもしれません」
「ヴェルディエに?」
「はい。姉はヴェルディエの第二王子と懇意にされているのです。ネージュ様との婚約を捨て、神獣様を手土産に、自らもヴェルディエへと渡るつもりだと思いますわ。城から出た隙を狙うに違いありません」
「…………」
はい。沈黙。眉間にシワなんか寄せちゃって、まだまだ姉の方を信じるのね。あれの何処に信じられる要素があるのかしら。
「記憶がないなどと仰っていますが信用なりません。ですから、お姉様をよく見張っていてください」
「記憶がないだと?」
「そうです。姉の噂は存じておりますでしょう? 別人のようだとは思いませんこと? 実は、神獣様を召喚した際に記憶を失ってしまったそうなのです。いつ記憶を取り戻すのか。もしくは、もう思い出していて画策しているのか。それとも、初めから記憶喪失など嘘なのか。私でも分からないのです」
「…………」
考え込んじゃって可愛いわね。守り人がこんなお子様で良かったわ。これなら、私の計画を任せられる。
「とにかく、お気をつけくださいませ。それから、こちらをお渡ししておきます」
私はポーチから小瓶を取り出しノエルに見せた。
小瓶の液体をしかめっ面で覗き込んだ後、ノエルは私を軽蔑するような瞳で睨み付けた。
毒だということは察してくれた様だけれど、これは毒ではないってことにしておくの。
「これは自白剤です。城では執事のダンテが目を光らせているので何も出来ません。これを食事に混ぜて、お姉様の真意をはかってください」
ノエルの手を取り、私は小瓶を無理やり握らせた。
はい、これで私たちは共犯。
微笑みかけると、ノエルは私を睨んできた。
「ただし、分量にはお気をつけくださいませ。一滴で自白剤として十分ですけど、それ以上だと……。ですが、隣国に神獣様を売ろうとしていることが分かれば……それは死罪に等しいでしょう。分量はノエル様にお任せしますわ」
「おい。お前っ」
「城内でお姉様に薬を盛ることは不可能です。これはチャンスなのです。巫女の代わりならば、私でも出来るでしょうからご安心を」
「…………」
突き返そうとした小瓶を押し戻して、私は怯えた仔猫みたいなノエルを安心させるように語りかけた。彼はじっと小瓶を見つめ押し黙ったままだった。
「きっとお姉様は、上手いことを言ってヴェルディエの使者を探すでしょう。その時は、お願いしますね」
「オレは――」
震える手で小瓶を握りしめるノエル。意外と怖がりなのかも。それならもう一つ、背中を押してあげる言葉をかけてあげよう。
「信じていないのですね。それなら、私の秘密を教えてあげます。――私はネージュ様を愛しているのです」
「は、はぁ!? な、何を急に」
顔を紅くさせてノエルは驚いている。
恋愛への免疫もゼロみたい。
「ネージュ様は神獣様の祠によく訪ねていらっしゃいます。私はそこでネージュ様と出会いました。ネージュ様は私に興味などないしょうが……」
「あ、当たり前だ!」
「ええ。それで本題ですけれど、お姉様はヴェルディエの第二王子と結託して、ネージュ様を葬り去ろうとしています」
「な、何だと!?」
さっきよりももっと赤い顔でノエルは怒りをあらわに声を荒らげた。この子、超ブラコンだったりして。怒らせたらもうこちらの思う壺だ。
「お姉様は第二王子と添い遂げたいのです。ですから、邪魔なネージュ様を亡き者とし、テニエを弱体させ、神獣様をヴェルディエへの手土産として第二王子妃に納まるつもりです」
「神獣様だけでなく、兄者までも……」
「はい。私はお姉様が許せません。神獣様の御身も、ネージュ様の事も心配でならないのです」
私がホロリと涙を溢すと、ノエルは瞳を閉じ深い溜め息をつくと、懐に小瓶を仕舞い込んだ。
「お前、名は?」
「私はレナーテ=トルシュですわ。ノエル様。一緒に神獣様とネージュ様を守りましょう」
「ああ。神獣様はオレが守る。兄者もオレが」
眠る神獣様を見据えて、ノエルは力強く言い切った。
その瞳は、少しだけネージュ様に重なって見え、私は安心して部屋を出た。
念の為、姉にも話を通しておこう。ノエルが上手くことを進められるように。
「……ふふっ。楽しみね」




