009 調査要員
朝目覚めた時、神獣様のお姿は何処にもなかった。
ついでに仔猫も。もしかしたら、神獣様ロスのせいで、部屋に来た夢でも見たのかもしれない。
でも、昨夜はなかった神獣様用の止り木と飲用オイルがあるから、やっぱり現実だったのかもしれない。
朝の身支度を手伝いに来てくれたダンテさんに尋ねると、神獣様はノエルと朝の散歩に出かけたとのことだ。
「ノエル様は呪いの森の調査もついでにしてくると仰っておりました」
「呪いの森の調査。……それって、お散歩のついでに出来ることなのかしら?」
「呪いの森は、生命の命を脅かします。触れたものの命を吸い取り壊死させるのです。それは人間も然り」
「えっ? だ、大丈夫かしら。ノエルは知っているの?」
「森には立ち入らないようにお伝えしました。それに神獣様を危険に晒すようなことはないと思いますが……。お戻りになったようですね」
中庭の方から神獣様の囀りが聞こえたので、窓から見下ろしてみると泥だらけのノエルの姿があった。
「何処で何をしてきたのかしら?」
「さぁ?」
◇◇◇◇
朝食の時、泥だらけの理由を尋ねると、ノエルは驚きの言葉を発した。
「呪いの森に入ってきたからだ」
「ノエル。君は森に入ったのか? あの森は人の生命力も脅かす。身体に異変はないのか?」
「ああ。神獣様の加護があるからだろう。オレは無傷だ。あの森は何故出来たんだ? あの森は、神獣様を待っているようだった」
「待っている?」
アレクは食事の手を止め、ノエルに興味深く尋ねた。
「ああ。誰かに呼ばれていると神獣様が仰っていた。市街地を抜け森の手前まで行ったのだが、その先の奥深くから呼ばれているそうだ」
「あの森は五十年前、巫女に裏切られた宮廷魔道士が逃げ込んだ場所で、その者の呪いであの森はああなってしまったのだ。呪いは人々の生命を徐々に奪う。だから誰も立ち入ることは出来ず、国は侵食され続けているのだ」
「そうか。ならばオレが呪いの根源となる場所に行ってくる。そこには友好の証があるかもしれない。神獣様が呼ばれていると感じられたのは、そのせいだろう」
「確かに、友好の証は森の奥深くにあるだろう。しかし、ノエル殿以外に森に入れるものはいない。大丈夫か?」
「そうだな。いくら加護があると言っても、神獣様と離れた状態でいつまで護られるかは分からない。神獣様も同行していただければ問題ないだろう」
「キュピピ!」
やる気満々の神獣様を見て、アレクは頷いた。
「森には危険な生き物もいないから、心配は無いだろう。姉様、ここはノエル殿に任せてみましょう」
「で、でも……。何日もかかるのでしょう?」
「もちろんだ。神獣様がいらっしゃるから迷子にはならないだろうが、往復で少なくとも三日はかかるな」
何日間も神獣様と音信不通になるなんて耐えられない。
神獣様の加護がない者は森には行けないという事だろうけれど、だとしたら私なら行けるのではないだろうか。
「あの。私もお供します! 私は神獣の巫女ですよね。私にだって、神獣様の加護があるのではないでしょうか!?」
「確かに、加護はあるだろう。だが……足手まといだ。積み荷が増えるだけで利点がない」
「つ、積み荷ですって!」
ノエルはキッパリと私の発言を却下し、アレクも頷き意見を上げた。
「私も賛成しかねる。姉様には荷が重いですよ。それに、宮廷魔道士は巫女を恨んでいるでしょうから危険ではないでしょうか。五十年前の呪いが消えないということは、身は朽ちようともその怨念は残っているのかもしれませんよ」
「お、怨念……」
ノエルは尻尾をピンと張り、全身をブルッと震わせた。
もしかしたら、幽霊とか苦手な感じかしら。
それなら一人は嫌な筈だ。
「まぁ。それは恐ろしいわ。でも、もしもノエルがその怨念に襲われたらどうするの? 神獣様の御身も心配だわ」
「それこそ神獣様の加護があれば何ともないだろう? もしも怨霊のような者がいたとしても――」
「あ、アレク殿!? やはり巫女も連れて行く。し、神獣様の真なる力を発揮するには巫女の力が不可欠だからな」
「そうですか? 足手まといだと思いますよ」
急に意見を覆したノエルに、アレクは苦言を呈した。
私は神獣様と離れたくないのに。
「アレク! 私は足手まといになどならないわ。怨霊だって怖くもないし、早くノエルの信頼を……あれ?」
指輪には黄色と紫の宝石があった。昨夜はなかったのに、いつの間に。
「綺麗なアメトリン。ノエル、私のこと認め――」
「オレは知らない。ただ、守り人として神獣様の成長を祈っただけだ。出発は明朝。それまでに荷の準備を!」
指輪のアメトリンを睨み付けて、ノエルは早口で指示を言い放つと、足早に食堂を後にした。
「姉上。だそうですが、本当に行かれるのですか?」
「ええ。任せてちょうだい!」




