005 孤高の支配者
「本物の? それは、どの様な意味ですか?」
「そのままの意味だ」
ネージュは冷たく言い捨てると、私に背を向け先程中庭で遭遇した青年へと振り返った。
「ノエル。お前はここに残り、神獣様の護衛と呪いの森の調査に尽力しろ。式はまだ先の予定だが詳細が決まったら連絡する。では、俺はこれで」
ネージュはアレクにノエルを紹介し、護衛を引き連れ貴賓室を出ていこうとした。
「ね、ネージュ様。お待ち下さい。そのままの意味とは、どのような意味ですか」
「ちっ……ノエル。あとは任せた」
「はい。兄上」
ネージュは舌打ちし私を蔑むように睨みつけると、マントを翻し部屋を出て行き、その場を託されたノエルが私へと口を開いた。
「オレはノエル=テニエ。ネージュ=テニエの弟だ。今日から神獣様の守り人を務めさせていただく」
「弟?」
「ああ。先程は、どうも。――それで、兄の言葉の意味についてだが、婚約者であるトルシュの王女を本物の巫女にする。という言葉そのままの意味だ」
ネージュと同じ言葉をノエルは再度告げた。
しかし、聞きたいのはそこではない。
「だから――」
「要するに、行方知れずの巫女を探し出し、この世界から消し去るという事だ。巫女は災厄の根元。常識的に考えれば分かるだろう」
私の言葉を遮りノエルはため息混じりに言葉を発し、私が異論を唱えようとすると、レナーテが一歩前へでた。
「トルシュも元々同じ考えでしたわ。異論はありませんことよ」
「レナーテ。それは止めることにしたじゃないか」
「止める?」
レナーテの言葉をアレクか否定すると、ノエルは怪訝そうに眉をひそめ疑問を口にした。
「ええ。常識と言っても、前回召喚した巫女が困った方であっただけで、同じ方が召喚されるのではないのよ。それなのに即刻処分だなんて、酷すぎるわ」
「は? あー。利用価値があれば生かしておくということか? 悪くない考え方だとは思うぞ。仮の巫女では神獣様に悪影響かもしれないしな。兄者がどう判断するかは分からないが」
解釈は多少ズレてはいるけれど、この世界の人を説得するには良い考え方かもしれない。
兄のネージュは他人の意見など耳も貸さない様にしか見えなかったが、ノエルは意外と話の通じる相手だと感じた。
「ネージュ様にノエルから話してくれないかしら?」
「なんでオレが? そんなことをする義理はない」
「あらそう。だったら私がネージュ様に伝えてくるわ」
「お姉様。待ってくださいませ。ネージュ様に異を唱えるなんて、婚約が破談になるかもしれませんわ。いくら神獣様を迎えられたとはいえ、トルシュはまだまだ存続の危機にあるのですよ」
「でも話すだけでも。それに、他にも確認したいことがあるの」
「でしたら、お姉様だけでお行きください。決して、トルシュの総意でないことを前提にお話しくださいませ」
「分かったわ。一人で行きます」
レナーテに冷たく突き放され、私はスカートの裾をつまみ上げて入り口へと急いだ。
「姉上。ご一緒します」
「いや。オレが行く。オレは常に、神獣様のお側になくてはならないからな」
「ああ。頼んだ。ノエル殿」
アレクはレナーテに睨まれノエルに託すことを選び、、私はちゃっかり頭の上に乗っていた神獣様とノエルと三人でネージュの後を追うことになった。
◇◇
「お前、馬にも乗れないくせに追いかけようとしてたんだな。いくら港が近いとはいえ、のこのこ歩いて城まで行く訳無いだろ。本当に変な奴だな」
貴賓室を出て追いかけたが、ネージュ一行は既に城を後にしていた。私が走って追いかけようとしていたら、ノエルが馬に乗せてくれた。
「失礼ね。未来のお姉様に向かって」
「……だからお前は。――あ、兄者っ!?」
坂を下った先にテニエの一団が見えた。
ネージュは、ノエルの呼び掛けに馬を止め振り返った。
「ノエル。どうした?」
「トルシュの王女が、兄者に聞きたいことがあるのです。よろしいですか?」
「ちっ。手短に話せ」
「は、はい。では、単刀直入に聞きます。本物の巫女にする。という言葉の真意ですが、巫女を亡き者にするという意味ですか?」
「ああ。見つけ次第、即処分しよう」
「だ、駄目です! 私はその考えに異を唱えます。巫女は以前の巫女とは別人が召喚されるでしょう。その彼女に責任を取らせることは間違っています」
ネージュは、感情の読めない真顔のまま私を見据え、フッ鼻で嗤った。
「そうだな。俺が受けた屈辱は、そんな小娘の命だけでは賄えん」
「へ?」
「話はそれだけか?」
「え……。巫女のことは」
「即処分は避けよう。しかしその後は巫女次第だ。俺に平伏し服従を誓うのなら、命だけは助けるかもしれん」
ネージュは口元に不敵な笑みを浮かべた。
彼はオレ様系でもツンデレでもない。『トルシュの灯』で例えると、孤高の支配者である魔族に似ている。
心に闇を抱えた支配欲の塊のような男。
私のいちばん苦手な分類の攻略対象だ。
しかし、考えを変えてくれたことには礼を言った方が良いだろう。この人の好感度も上げなくてはならないのだから。
「あ、ありがとうございます。それから、もう一つ聞きたいことがあります。貴方は、友好の証をお持ちですか?」
「ああ。あれなら捨てたぞ。巫女と心を交わせることなどするものか」




