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008 五十年前

 神獣の命は千年で燃え尽き、トルシュの火山へと、その魂は還るそうだ。

 そして五十年前、神獣はその命を終えた。


 世界は平和であったものの、人々は新たな神獣を迎える為に召喚の儀を行い、伝承通り異世界から巫女を呼び、神獣のたまごを授かったのだ。


 しかし、その巫女は――。


「何人もの男を虜にしたあげく、最終的には我が国の近衛騎士を唆し、神獣の力を使い自らの世界に帰っていったんだ!」


 アレクは苛立ち怒気のこもった声で言葉を綴った。


 近衛騎士は『トルシュの灯』の隠しキャラで、彼とのエンドは異世界から戻れるストーリーだ。

 ゲームを最低でも三周して全キャラの好感度を最大にしなくちゃいけないから、私はまだ見た事がないけれど。


「でもだからって、そんなに恨まなくても……」

「恨みますよ。全世界が巫女を恨んでます!」

「えー……」


 全世界って、いくらなんでも大袈裟じゃない?

 と、私が言葉を続ける前に、アレクは咳払いをして言葉を発した。


「まぁ、全世界は言い過ぎましたが……。いいですか? 巫女のせいで神獣様はたまごに戻り、コリーヌ山の祭壇で氷漬けになってしまったんですよ」

「し、神獣様が!?」

「キュピ?」


 私が神獣様へ目を向けると、彼は首を傾げてホンワカとしていた。

 記憶にはないって感じかな。可愛い……。


「ですが、問題はそれだけではありません。巫女が手駒にしていた隣国のラジエール王子も、テニエ王国のジン王子も、近衛騎士の失態は、我が祖父であるアーサー=トルシュの責任だと言及して国交を絶って来たのです」

「アーサー、ラジエール……」


 全部『トルシュの灯』に出てくる攻略対象の名前だ。

 じゃあ、私の知っている登場人物は、みんな五十年も前の人ってこと? それとも、偶然?


「それだけではありません。祖父のアーサーは、巫女を失い激昂し、近衛騎士をみんなクビにしました。宮廷魔導師だったゼロフィルドは巫女が忘れられなくて森へ籠もり、今やその森が呪いの森と化して国は死にかけているんです」

「え、ええ!? 今、トルシュが存続の危機にあるのは、魔族のせいじゃ……」

「違いますよ。魔族なんて千年前の神獣様が追い払ってくれましたから。――見せてあげますよ。姉様。付いてきてください」


 廊下へ出て、私の部屋の窓と反対側――陸側が見える窓へとアレクが案内してくれた。


「な、何よこれ」


 城の塀ギリギリまで、大地は全て淀んだ紫色の木々で覆い尽くされていた。海側の微かな街並みしか、トルシュに残された領地はないのだろう。

 アレクは眼下の街並みを悲しげに見下ろし、私の視線に気付くと瞳に熱い光を宿して見つめ返してきた。


「だから、巫女を召喚したのです。この荒れ果てたトルシュに、もう一度明かりを灯す為に。ですがそれは、巫女の力なんて借りずに、私達で成さねばならぬ事なのです」


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