001 サプライズプレゼント
羽咲灯、二十二歳。
先日、私は四年間勤めた会社を退職した。
今は遥か空の上――飛行機の中にいる。
これから、大好きな乙女ゲームの舞台となったとされるスポットへ、聖地巡礼の旅に出るのだ。
白い町並みにブルードーム。古城に火山に青い海。
飛行機に乗り込んで早十時間。少しは寝ておかないと駄目なのに、楽しみ過ぎて覚醒状態だ。
何故このような状況にあるのかというと、これは全て、私の優秀な弟のお陰だ。
二つ下の弟の燿は、ドンくさい私とは正反対で、文武両道の自慢の弟。
中三の夏に両親が事故で他界し、伯母の家に引き取られた私達は、弟の義務教育終了とともに家を追い出された。しかし、洋菓子店を営む母方の曾祖母がそれを知ると、家に迎え入れてくれ、私達は学校へ通うことが出来た。
燿の高校までの学費は両親が遺してくれたお金で何とかなった。でも、将来有望な弟には大学へ通って欲しかったので、費用は私が何とかしようと心に決め、商業高校を卒業後、すぐに就職した。
でも、その会社が結構なブラック企業で……。それでも残業代が出ない訳では無かったので、残業はご馳走だと心の中で反芻しながら日々をやり過ごしてきた。
でも、それももう限界。大好きな乙女ゲームの推しを見ても心が癒やしきれない日々が続き、会社と社員寮を行き来するだけの生活に心身ともに疲れ果てた時、弟から電話が来た。
大学で特待生になったので、学費はいらない。それに、自分もバイトをするから、学費は気にせず私も好きな仕事をしろ、と。
一年以上、曾祖母宅へ帰らなかった私を不審に思い、心配してくれていたのだ。
私は、曾祖母と洋菓子店が大好きだった。弟もその事を分かっていたのか、曾祖母の家で暮らさないかと言ってくれた。
曾祖母が高齢の為、現在、洋菓子店は締めたままになっている。しかし、三年前まで働いていた蒼井さんがフランスでの修行を終えて帰ってくるとの事で、私にもお店を手伝って欲しいそうだ。
帰国は三ヶ月後。私は会社を辞めて、洋菓子店の開店準備を手伝うことにしたのだけれど――。
曾祖母の家に帰った日、夕食は私の大好きなモツの煮込み。
久しぶりのモツ煮込みを堪能し終えた頃、燿は私に白い封筒を差し出た。我が家では、誕生日にメッセージカードを贈ることが習慣なのだ。
燿は、初めて私にカードを手渡してくれた幼稚園の年長さんの時のように、照れ臭そうな笑顔で言った。
「姉ちゃん。これ、退職祝い。あ、あと誕生日祝いも兼ねて」
「あ、ありがとう」
私も何か恥ずかしくなって、言葉に詰りながらお礼を言って、燿の視線に応える様にして封筒を開けると、中味は手紙だけではなく、意外な物が出てきた。
私が愛してやまないRPG型乙女ゲーム『トルシュの灯』のキャラが描かれたチケットセットが入っていた。
豪華限定グッズ付きの海外旅行ツアー。
チケットにはそう書かれている。
これは曾祖母と燿と蒼井さんが用意してくれたサプライズプレゼントだった。




