第18話 喪失
「だから、さ……仔犬さんは諦めて、私と付き合わない?」
「……は?」
間抜けな返答で返す私に、千沙は怪訝そうに顔を歪めた。
それから目を伏せ、口を開く。
「わ、私は……ずっと、美香のこと好きだった……美香が仔犬さんのことを諦められないのと同じくらい……私だって、美香のこと諦めない」
「千沙……」
私が名前を呼ぶと、千沙はふと顔を上げた。
そんな千沙の顔を見ると、断ろうと思っていた私の心は揺らぐ。
「……ごめん。少し、考えさせて」
私の言葉に、千沙は悲しそうに俯いた。
だから私は立ち上がって、鞄からお金を取り出して机に置いた。
「……今日は話聞いてくれてありがとう」
それだけ言って、私は店を出た。
千沙に話している間に、空は茜色に染まっていた。
私は茜色の空の下を、ゆっくり歩いて行く。
「……?」
数歩歩いたところで、私は唐突に足を止めた。
一瞬、変な感じがした。
私は頭を押さえ、しばらく俯く。
ひとまず、今日あったことを思い出すことにした。
今日は、お姉ちゃんとその友達の花織お姉ちゃんと三人で遊園地に行った。
お姉ちゃんは二人きりだと不安だし気まずいからって。
でもお姉ちゃんは花織お姉ちゃんとイチャイチャしてて、私の疎外感は半端なかった。
二人を気遣って観覧車に二人を乗せた結果一人で乗るハメになるし……ホント最悪。
まぁでも、私の気遣いがあってか二人は付き合うことになったし、めでたしめでたしかな。
それから一人で飛び出してきちゃったんだけど……あれ?
なんで一人でここまで来たんだっけ?
……まぁ、いっか。
そういえば、その時に千沙に告白されたんだけど……あれ?
なんで千沙と一緒にいたんだっけ?
一瞬浮かんだ違和感は、グルグルと渦巻いて……溶けていく。
あぁ、そうだ。
一人で来たのは、折角付き合ったばかりの二人を二人きりにしてあげようと思ったんだった。
千沙と一緒にいたのは、事情を話して暇つぶしに付き合ってもらったんだった。
そういえば、動揺しちゃって告白を保留しちゃったんだよね。
まだ喫茶店からはそんなに離れていないし、さっさと返事をしてしまおう。
踵を返そうと思ったところで、目の奥がじんわりと熱くなっているのを感じた。
私は足を止め、自分の頬に手を当てた。
「なんで……泣いてるの……?」
一人、呟く。
なぜ……涙が流れるんだろう?
不思議に思っていると、喫茶店から千沙が出てくるのが霞んだ視界に入った。
「……美香!?」
血相を変えた千沙が、慌てて私に駆け寄って来る。
それからハンカチを取り出し、私の涙を拭っていく。
まるで……悲しい思い出を、掠めとるように。
「千沙ぁ……」
「美香、どうしたの?」
「分からない……でも、何か……悲しくて……」
私の言葉に、千沙は無言で私を抱きしめた。
彼女の体温を直に感じる。
耳元で、千沙は続けた。
「私は、絶対美香のこと悲しませない。悲しむ時は、一緒に悲しむ。それで、一緒に笑い合って、一緒に泣き合って、一緒に怒り合って……一緒に、生きていきたい。ダメ……かな?」
その言葉に、私は「ありがとう……」と返し、千沙を抱きしめた。
「こちらこそ……よろしくお願いします」
私の言葉に、千沙はさらに強く私を抱きしめて来た。
だから私も、負けないくらい強く抱きしめ返す。
心の中に、原因不明の喪失感を抱きながら。




