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犬の恩返し  作者: あいまり
岡井美雪編
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第42話 墓参り

「ごめんね~。こんな辛気臭い場所に連れてきちゃって」


 そう言いつつ、私は地面に持ってきた荷物を置いた。

 すると、後ろから付いてきていたクロが笑顔で首を横に振った。


「いいえ。美雪さんと一緒なら、どこでも楽しいですよ」

「そっか……」

「はい、それに……美雪さんにとってここは、大事な場所ですから」


 クロの言葉に私は頷き、目の前にあるそれを見上げた。

 そう……シロの墓を。


 飼い犬のシロが死んでから、今日で一年になる。

 一周忌ということで、私はクロを連れ出し、こうして一緒に来ていた。

 受験勉強で忙しいハズのクロだが、まぁ、色々な人から一目置かれているクロはすでに志望校には余裕で合格するだろうというくらいの成績は確保している。

 むしろ勉強が必要なのは私の方だ。

 だから、この後で図書館で一緒に勉強をする予定だ。


 シロが完全に成仏してから、私とクロ以外の全ての人間からシロの記憶が消えた。

 私とクロからシロの記憶が消えなかったのは、恐らく真実を知っているからかもしれない。

 シロが犬であり、人間になって恩返しに来たという事実を。


 他の人からは、一切の記憶が消えていた。

 あの後家に帰ると、当たり前のように私を出迎える両親。

 シロがいなくなったことを話すと、何を今さらと言った感じの反応をされてしまった。

 後に帰って来た美香にも同じ話をすると、やはり両親と同じような反応だった。

 あの、シロに恋をしていた美香ですら。


 家族や美香ですらそんな反応なのだ。

 当然、クラスメイトも皆同じような感じで、机もいつの間にか撤去されていた。


 恐らく原因は……神様。


 まぁ、当然か。

 シロの真実を知らない状態でシロの記憶を残したままだと、突然いなくなったシロを皆が心配する。

 それこそ、私の両親は混乱するだろうし、シロに恋をしていた美香はしばらく寝込んだりするかもしれない。

 大混乱が待ち構えていることは確実。

 だからこそ、記憶を消したのだろう。


 私とクロは、その点全ての真相を知っている。

 だから、記憶を消す必要性が無かった。

 あと、私の記憶を消してしまったらシロの努力も水の泡になるわけだし、クロも同様。

 シロが、私とクロが幸せになることを望んだのだから。


「ねぇ、クロ」

「何ですか?」

「……美雪、で良いよ」


 今更、私は何を言っているのだろうか。

 ずっと美雪さんと呼ばれることに慣れていたのに。

 それは、シロが完全に成仏して、改めて付き合うようになった今でも変わらなかった。


 ただ、一向に進展も無かったし、このままグダグダと関係が続くだけなんじゃないかなって思った。

 シロという過去の想い人を目の前にして、なんとなく、この関係も少しは進めたいと思った。

 そんな私の考えを知ってか知らずか、クロはしばらくキョトンと呆けた後で、優しく微笑んだ。


「分かりました。美雪」

「……良し。それじゃあ、さっさと墓参りしちゃおっか。今日はシロの大好物持って来たんだ~」


 そう言いながら、私は地面に置いたレジ袋からビーフジャーキーの袋を出し、墓の前に置く。

 あと、水が入ったペットボトルも取り出し、墓石に掘られた水を入れる用の穴に注いでいく。

 その間にクロはシロの墓石を丁寧に拭いてくれた。

 お供えを終えた私も墓石の洗浄を手伝い、しばらくして墓石は綺麗になった。

 それから二人で手を合わせてから、墓地を後にした。


「これから勉強か~……」

「フフッ。美雪は数学が苦手ですからね」

「む……しょうがないじゃん」


 私の反論に、クロはクスクスと笑った。

 それから角を曲がった時だった。

 段ボール箱が道の脇に落ちているのを見たのは。


「おや……捨て犬ですね?」


 クロの言葉に、私は「そうだね」と言いつつ、段ボール箱の中にいる犬を見た。

 白くて綺麗な毛に覆われていて、つぶらな目で私を見上げてる。

 なんだろう……シロに、似ている気がする。


「美雪?」


 クロの言葉を無視して、私は段ボール箱の前でしゃがみ、白い子犬と視線を合わせる。

 お腹が空いたのか、鳴く元気もないらしい。

 しかし、試しに手を伸ばして見ると、その手に顔を擦りつけて来た。


「美雪、どうしたのですか?」

「……この子、シロに似てるんだ」


 私の言葉に、クロは子犬を見た。

 子犬は私とクロの顔を交互に見てから、掠れた鳴き声を上げた。


 そういえば、こんな話を聞いたことがある。

 死んでから転生までの期間は、人間より動物の方が短いらしい。

 人間は百年とか千年とか掛かるらしいけれど、動物は数ヶ月とか一年くらいで転生するんだって。

 どこで聞いたんだっけ……よく覚えていない。


 でももし、この話が正しいのなら……いや、仮に正しくても、こんなことはありえない。

 だから私は子犬の頭を撫で、口を開いた。


「……初めまして。ねぇ、貴方は……一人ぼっちなの?」


 私の問いに、子犬は不思議そうに首を傾げた。

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