第39話 決断
「私が好きなのは……美雪だよ」
シロの言葉に、私は思考が停止する。
どういうことだ……?
シロが……私のことを、好き……?
呆然としていると、シロは泣きそうな笑みを浮かべた。
「ずっと好きだったよ。犬だった頃から、ずっと」
「でも……私は人間で、シロは……犬で……」
「うん。変だってことも、この恋が叶わないことも分かってる! でもしょうがないじゃん! ずっと好きだったんだから!」
シロの言葉に、私は「でも……」と呟いた。
すると、シロは悲しそうに口を噤み、私の両手を握って来た。
「変だと思わなかった……? なんで、犬である私が、美雪にあんなアドバイス出来たか」
「アドバイスって……恩返しの?」
「うん、そう」
シロの言葉に、私はしばし思考を巡らせる。
言われてみれば、確かにシロの恩返しという名目での行動で、私はクロとの距離を縮めることが出来た。
そういえば、なぜ私は疑問に思わなかったのだろう。
なぜシロが迷わずあのようなアドバイスが出来たのか。
なぜ……そのような手段を用いることが出来たのか。
そう思っていると、握られた手に雫が落ちた。
「あれはね……美雪からされて、嬉しかったことなんだよ?」
「私から……?」
私はすぐに記憶を手繰り寄せ、シロからのアドバイスを思い出す。
シロにアドバイスを受けて、私が行ったこと。
それは……――――。
「……一緒に食事を食べる。身だしなみを整える。一緒に遊ぶ」
そう言った瞬間、私は自分の目が微かに見開くのが分かった。
確かにこれは……シロにしてあげたことだ。
そう……飼い犬だったシロに。
餌をあげて、その食事を摂るのを見ていた。
櫛で梳いたり、時にはシャワーをしたりして、身だしなみを整えてあげた。
公園に連れて行き、ボールで一緒に遊んであげた。
なぜ気付かなかったのだろう。
全部……自分がしたことだというのに……。
「シロ……」
「ごめん、迷惑だよね……でも大丈夫だよ……―――」
そう言いながら、シロは私の手を離した。
やめて……離さないで……。
次に言う言葉が分かってしまうから。
これからどうなるのか、分かってしまうから。
だから……話さないでッ!
「―――……だって私、もう死んじゃうから」
そう言って、シロは笑った。
そのまま彼女は踵を返し、走りだす。
彼女の背中を追うことができない。追う権利など無い。
私はその場に膝をつき、その後ろ姿を眺めた。
「ッ……ぁぁぁあああああッ!」
込み上げてくる涙を堪え切れず、その場に蹲った。
泣き、叫び、アスファルトを殴った。
今の感情を言葉にすることすらできない。
力の無い私には……何も出来ない。
「何をしているのですか?」
その時、声が降って来た。
鈴の音のような、綺麗な声。
顔を上げるとそこには……不思議そうな顔でこちらを見下ろす、クロがいた。




