第39話 返す
「私が好きなのは……美雪だよ」
私の告白に、美雪は驚いたような、困惑したような、曖昧な表情をした。
あぁ、やっと……言ってしまった……。
今まで、そういう感情とかを表していたつもりではある。
しかし、なんだかんだ、どこかに逃げ道を作っていたような気がする。
けど、今回は、真剣な告白。
自分の呼吸音や鼓動音が、やけに耳につく。
なんかもう……泣きそうだ。
それでも無理矢理笑顔を作って、私は続ける。
「ずっと好きだったよ。犬だった頃から、ずっと」
「でも……私は人間で、シロは……犬で……」
「うん。変だってことも、この恋が叶わないことも分かってる! でもしょうがないじゃん! ずっと好きだったんだから!」
困惑気味に美雪が零した言葉に、私はそう言い返す。
すると美雪は困ったような表情で「でも……」と呟きながら目を逸らす。
……今、私は美雪を困らせている……。
でも、私は諦めずに、彼女の両手を取る。
「変だと思わなかった……? なんで、犬である私が、美雪にあんなアドバイス出来たか」
「アドバイスって……恩返しの?」
「うん、そう」
私の言葉に、美雪は考えるように目を伏せる。
しかし思い当たる節が無いのか、困ったような表情で眉を潜めた。
……そうだよね。
美雪にとっては、私の存在なんて……その程度だったんだよね……。
分かってる……分かってるよ……。
でも……苦しいんだ。
苦しくて、胸が痛くてたまらない。
その痛みが涙となり、私の頬を伝い、握っている美雪の手に落ちる。
霞んだ視界の奥に見える美雪の顔を見ながら、私は声を振り絞った。
「あれはね……美雪からされて、嬉しかったことなんだよ?」
「私から……?」
美雪はそう呟くと、思い出すように視線を彷徨わせた。
思い出してくれるかな?
私と過ごした日々を。
貴方が、私にくれたものを。
私はただ……それを返しただけだってことを……。
「……一緒に食事を食べる。身だしなみを整える。一緒に遊ぶ」
小さな声で、美雪はそう呟いた。
そして、自分で言って自分で驚いた。
思い出して……くれた……。
それだけで、私は胸が熱くなるのを感じた。
「シロ……」
「ごめん、迷惑だよね……でも大丈夫だよ……―――」
そう言いながら、私は彼女の手を離す。
もう、大丈夫……決意は出来た。
私は無理矢理笑顔を作り、続けた。
「―――……だって私、もう死んじゃうから」
そう言ってから、私は美雪に背を向け、走る。
最後の最後まで、私は彼女に本性を隠すことが出来た。
最後の最後まで、私は……可愛いシロちゃんでいられただろうか……。
私は最後まで……美雪の飼い犬でいたかった。




