第36話 ナイフ
「えっ……なんで、急に、そんなこと……」
私の質問に、美香ちゃんは顔を赤くしながら何やら慌て始める。
しかし、私はあくまで何も答えず、彼女の目を見つめ返す。
すると、徐々に美香ちゃんの表情が強張り、言い訳が出来ないことを悟っていく。
「……そう、だけど……」
やがて、絞り出すようにそう言った。
ようやく認めたか。
私はため息をつき、口を開いた。
「……なんで?」
「なんで……って……」
「正直言って目障りなんだよね~そういうの。私さぁ、別に美香ちゃんに興味あるわけじゃないし」
そう言いながら私は立ちあがり、美香ちゃんの前に立つ。
ただでさえ、狭い密室に二人きり。
しかもここまで近づかれたら、相手が好きな人じゃ緊張するだろう。
私だって、同じことを美雪にされたら、滅茶苦茶緊張すると思う。
しかし、美香ちゃん相手では緊張しない。
……これが、好きかそうでないかの違いか。
「ねぇ、緊張する?」
腰を曲げ、座っている美香ちゃんと視線を合わせながら、そう聞いてみる。
すると美香ちゃんは頬を赤く染めながら「え……?」と聞き返してくる。
「ドキドキする? 顔熱くなる?」
「な、にを……」
困惑したような表情を浮かべる美香ちゃん。
このままでは埒が明かない。……仕方ないか。
私は小さくため息をついて、美香ちゃんの唇を奪った。
私のファーストキスは、美雪に捧げている。
今更何度したところで、変わらない。
ほんの一瞬の、短い口付け。
顔を離すと、美香ちゃんはぽかんとした顔で私を見ていた。
「……こんなことしてもね、私の気持ちは全然揺れ動かない」
「……」
「貴方は私にとって、その程度の存在なの。だから、さっさと諦めてよ」
「……なんでそんなこと言うの……」
小さく囁かれた言葉に、私は固まる。
すると美香ちゃんは赤らんだ顔と潤んだ目で続けた。
「私は……私は、本当に好きなのに……! そりゃあ、仔犬お姉ちゃんがお姉ちゃんのこと好きなのは知ってるよ!? でも……好きでいるくらい……!」
「だからそう言うのが目障りなんだって!」
私が声を張り上げると、美香ちゃんはビクッと肩を震わせた。
それに私は息をつき、額に手を当てる。
……頭が痛い。
ここまで執着されるとは思っていなかった。
「……私は、その想いには応えられない」
なんとか振り絞った声は、震えていた。
怖かったんだ。
真っ直ぐに感情を向けられるのが。
彼女のその好意は、私にとって、まるでナイフを刺されているかのようだった。
私は……そこまで自分の好意を、真っ直ぐ向けられないから。
「……分かってる」
「違う……美香ちゃんが思ってるような理由じゃなくて……」
「分かってるよ? お姉ちゃんが好きだって。だから私の気持ちに応えられないんでしょう? でも、勝手に好きでい続けるくらいは……!」
「私はもうすぐ死ぬの!」
ついには我慢できなくて、私は声を張り上げた。
狭いゴンドラにその声は静かに響き渡り、キン……と鼓膜を振動させた。
咄嗟に私は口を手で押さえるが、すでに後の祭り。
やってしまった……と、手の中で、私は唇を噛みしめた。
その時、美香ちゃんに肩を掴まれた。
「ねえ、今のどういう意味なの!? 死ぬって……」
「み、美香ちゃんには関係ないでしょ!?」
「あるよ! だって、私は仔犬お姉ちゃんのことが……!」
「うるさいッ!」
咄嗟にそう叫んだ時、ゴンドラの扉が開く。
私はすぐにゴンドラから飛び出し、美雪を探した。
今すぐ美雪に会いたい。
彼女に触れて、彼女の顔を見て、彼女の声を聴いて……。
そう思っていた時、こちらを見ている美雪が見えた。
「美雪~!」
私は美雪の名前を呼び、駆け寄った。




