第29話 負けず嫌い
それから私は、黒田さんに全てを話した。
昔犬だったことだとか、その他諸々。
全部聞き終えた黒田さんは、顎に手を当てながら私を見た。
「……それで、その未練というのが美雪さんであると?」
「……そんなところ、かな……」
「では、具体的に未練の内容というものは?」
「……分からない」
「は?」
聞き返してくる黒田さんに、私はついムッとした。
分からないものは分からないのだからしょうがない。
美雪を独りにしなくない、という気持ちはある。
しかし、黒田さんと一緒にいるのを見るとムカムカして、これが未練ではないような気がするのだ。
「分からないものは分からないんだからしょうがないでしょ? ……美雪関連ってことは分かっているけど、具体的には何をすればいいのかも分からない」
私がそう説明してみると、黒田さんは困惑したような表情をした。
そりゃ困るよね。私自身が分かっていないことを、彼女が分かるハズ無いのだから。
ただ……一つだけ、分かっていることがある。
「……今私がやっていることは、間違っている」
つい、声に出してしまった。
そんな私の言葉に、黒田さんは不思議そうな表情をする。
もしかしたら、他にも色々考えていることを口にしていたかもしれない。
まぁ、今はそんなこと、どうでもいい。
いっそ開き直るような気持ちで私は笑い、続ける。
「不思議に思わなかった? 急に美雪と話すようになって。今まで二人とも、全然話さなかったんでしょう?」
「……まさか……」
「そ。私が二人の仲を取り持ったの」
「なぜそんなことを?」
素っ頓狂な声でそう聞き返す黒田さんに、私は笑った。
笑ってから、「なぜでしょう?」とか聞いてみる。
するとますます黒田さんは不思議そうな顔をして「はい?」とか、聞き返してくる。
「……なんか勢いで、美雪に恩返しする~とか言っちゃった。それで、そのままの勢いで、黒田さんと美雪の仲を取り持ったの」
「……なぜ、私なんですか?」
「……美雪が、黒田さんのことを……好きだったから」
私がそう言うと、黒田さんは大きく目を見開いた。
どうやら知らなかったか……って、これ、私が言って良い情報じゃないかもしれない。
でももう口から出たものは仕方がないので、私は唇に人差し指を当てて「これ言ったこと、美雪には内緒ね」と続けた。
それから人差し指を離して「でもさぁ」と続ける。
「今は後悔してるよ。二人の仲を取り持てば、美雪は幸せになって、私も幸せになれると思っていたの。……でもね、悔しくて仕方がないの。美雪が楽しそうにテメェと話してるの見る度に、ドス黒い感情が溢れ出てしょうがない。こんなんじゃ、仮に美雪が黒田さんと付き合えても……私は成仏できない」
「……」
「それどころか未練しか無いよ! 美雪がお前なんかと付き合うなんて! 悔しくて、苦しくて! もう……何が何だか分からない……」
話している内に徐々に本音が口から出て、何が何だか、自分でも分からなくなってくる。
……いや、最初から何も分かっていないじゃないか。
自分がやりたいことすら、分かっていない。
「……それでも私は、美雪さんが好きです」
……それでも彼女は……――
「この気持ちに嘘はありません。例え貴方がどれだけ苦しもうが、私はこの気持ちを曲げるつもりはありません」
――……そう言い放った。
私と違って、彼女は自分の心に真っ直ぐだった。
真っ直ぐで……眩しかった。
私と違って、自分がやりたいことを理解していた。
私と違って、自分の好きに従順だった。
その時、授業開始のチャイムが聴こえた。
もう教室に戻らないと。
……でも、一つだけ、自分がやりたいことが分かった。
私は黒田さんの袖を掴み、口を開く。
「……私も、この気持ちは……曲げない」
少なくとも、黒田さんには負けたくない。
そんな気持ちが、湧き上がった。




