15話 新しい生活
リリィが俺の寮に居候することが決定してから三日が経った。
彼女の強い希望と……まあ、俺の譲歩によって再開した共同生活だが、表向きにはリリィを俺の眷属として登録することでこの状況を作ることにした。
先生が言ったように魔法陣に不備が見つからなかったため、新しく眷属を召喚できなくなってしまったという事情もある。
俺としては残念極まりない結果ではあるが、過ぎた事は仕方がない。結局、最後に信じられるのは己の力、誰かに助けてもらって学園を卒業しようという発想がそもそも軟弱だったのだ。
故に俺は心機一転、心を入れ替えて魔術研究に勤しむことにした。
「ルイス、ルイスっ! ごはんできたよっ!」
「ん? ああ、もうそんな時間か」
「はやくはやくっ、今日のは"じしんさく"なんだっ」
俺の腕をぐいぐいと引っ張り、リビングに連れて行くリリィ。
俺とコイツの関係も僅かに変化した。仮眷属から居候の関係へと。まあ、大差ないといえば大差ない。
それ以上に大きく変わったのがリリィの態度だ。
「ど、どうかな?」
「ふむ……」
朝食としてリリィが用意してくれたのは俺の故郷で取れた米に良く合う焼き魚と汁物。皮までパリッと焼き上げられた魚は旬ということもあって脂が良く乗っており、朝から俺の胃袋を刺激してくる。
また、合わせられた汁物も良い。こういうところで調理人の腕が出るものだが、何の文句もない。というより、俺が作るより美味しいかもしれないくらいだ。
「美味しいよ、リリィ」
「~~~~♪」
その旨を伝えると、リリィは声もなく喜んでくれた。
そして、
「ね、ねえルイス。リリィはルイスの役に立ってる?」
「ああ。勿論だ。家事を手伝ってもらっているだけでかなり助かる。俺はあんまり腕がよくないからな」
「そ、そっか……」
指をもじもじさせながらちらちらとこちらに流し目を送るリリィ。
彼女が言いたいことは分かっている。この三日間で十分に。
「リリィ、ありがとな」
「あっ……」
俺は一度食べる手を止めて、リリィの頭を優しく撫でつける。
それだけでリリィは嬉しそうに目を細める。ここ最近、何かにつけてこうして俺に褒めてもらいたがるようになった。俺としても、リリィが喜ぶならやぶさかではない。
「えへへ♪」
我慢しきれないとばかりに笑みを浮かべるリリィ。可愛い。
実家の妹はあんまり俺に懐いてくれなかったから、こうして無条件に慕ってくれるリリィは正直言って可愛い。何と言うか、愛玩動物のような愛しさを感じる。
今となってはどうしてあれほどリリィを追い出そうとしていたのか理解不能なほどに。家事もしてくれるし、言うことも素直に聞いてくれる。これほど手のかからない子供も珍しいだろう。
「さて……飯も食ったし学園に行ってくる」
「あ、まってまって。リリィもすぐに準備するからっ」
「……なあ、前にも言ったが無理に学園に付いてこなくても良いんだぞ? お前にとっては詰まらない場所だろうし、この部屋で待っててくれても……」
「る、ルイスはリリィと一緒にいるの……イヤなの?」
「うっ……そ、そんなわけないだろ」
涙目で俺を見上げるリリィ。
駄目だ……そんな目で見られたら断ることなんて出来るわけがない。
「なら一緒にいてもいい?」
「あ、ああ、勿論だ。だけど大人しくしておくんだぞ? ただでさえお前は体が弱いんだから」
「うんっ、分かった!」
俺が同行を許可した途端に笑みを浮かべるリリィ。
本当に分かっているのか怪しいが……まあ、いいか。俺が気をつけていれば良いだけの話なんだし。
「それじゃあ行くか」
「うんっ!」
そうして今日もまたリリィと共に寮を出る。
「ね、ねえルイス? 手……つないでもいいかな?」
「ん? ああ、迷子になったら困るしな。別に良いぞ」
「むー! リリィは迷子になったりしないもん!」
ならなんで手を繋ぐ必要があるんだ。
まあ、したいなら別にいいけどさ。
「ほらっ、早くしないとじゅぎょーに遅れるよっ」
「っと、とと。こら、あんまり強く引っ張るなよ。危ないだろ」
「しらなーい!」
急に機嫌が悪くなったな、コイツ。
その割には手を離すつもりはないようだし……年頃の女の子の考えは良く分からん。
でもまあ……こういう風に不満も吐き出せるようになったのは良いことなんだろうな。今までのリリィは俺に認められるため、無理をしていたきらいがある。
それは俺にとってもリリィにとっても良いことじゃない。
だから、リリィが本当の自分を曝け出してくれるようになったことが俺は素直に嬉しかった。
「もー、何にやにやしてるのよ、ルイスっ!」
「ははっ、悪い悪い」
だからといって機嫌を直せるかというと、それは別の話だけどな。




